人の心の拠り所となる街のあずまやを目指して~ゆりのき保育園
掲載日: 2024.12.5
ロの字型の園舎が特徴的な「ゆりのき保育園」
園庭を囲うようにロの字に園舎が建つユニークな設計の保育園が静岡県浜松市にあります。
「ゆりのき保育園」は第18回キッズデザイン賞の子どもたちを産み育てやすいデザイン部門で優秀賞(こども政策担当大臣賞)を受賞しました。設計を担当した、株式会社SN Design Architectsの佐野剛史さんはこう語っています。
「ゆりのき保育園は、静岡県を中心に、こども園、保育園を運営する社会福祉法人が新たに運営する定員12名の小規模保育園として浜松市の郊外に計画されました。敷地近くには同経営の連携こども園があり、こちらは定員130名ほどの規模ですが、定員数の少ない1歳から2歳児の受け皿を拡大するため、新たに小規模保育園を整備することになりました。」
中庭を囲むように木のぬくもり溢れる園舎が建っており、日差しも柔らか
子どもたちにとって優しさのある場所に
「ゆりの木保育園は、0歳児と1歳児、2歳児が各4名の計12名 が入園できます。子どもたちは生後数ヶ月間を自宅の中だけで過ごします。その後、ゆりの木保育園で外の世界へ適応する準備をし、大規模なこども園へと移ります。
自宅から就学への間の段階として、様々な感性や人と関わる力を養う場所であり、その後の人格形成に大きく影響する年齢をここで過ごすことになります。そのため施主からは、単なる保育としての機能だけではなく、子どもたちの情緒の安定を促す場所を求められました。」
佐野さんは社会へ出る準備の手助けを担う施設として、建築に何ができるかを考え、設計を進めたそうです。特に、初めて親元から離れる子どもたちはそれだけで不安な心境になるだけでなく、初めて見る外の世界はとても強く目に映るのではないかと感じたと言います。
「まず、外部の強い世界を和らげる建築にできないかと考え、従来の外部と園舎が分離された形ではなく、中心に園庭を置く計画としました。ですが、それだけでは園舎から切り出された刺激の強い外部空間になってしまいます。
そこで園舎を寄棟屋根で覆って、中央に採光のための開口を絞り気味に取りました。それにより園庭が内部のような外部空間になり、そこが子どもたちにとって優しさのある場所になると考えました。」
外観は圧迫感のない、周囲に馴染んだデザインとなっています。佐野さんは続けます。
「地面から腰壁が立ち上がり、開口部にはガラスがはまっています。そしてその上に屋根が乗っているという構成で、水平に連続したガラス窓の部分は周囲の環境を適度に内部に取り込むように計画しています。
軒を低く抑えることで落ち着いた印象となり、開けた敷地周辺の環境に馴染むように計画をしました。」
平面計画を見ると、園舎の中心に園庭を取り込んだようなロの字型のプランであることがわかります。さらに全ての部屋が外部との繋がりを持った計画になっています。
農地の広がる広々とした環境に馴染む外観
北側のポーチを通り中庭や保育室へ
半屋外の回廊と園庭で五感を育む、安心設計の保育園
「子どもたちはポーチを抜けて中に入ると、半屋外空間の回廊を回って各部屋に行き来をします。
園庭を園舎で包むことで、敷地外部の車や人、光や風など様々な環境からくる強い刺激を抑えつつ、絞り気味に取った上部の吹き抜けから適度な光や雨風を取り込みます。それによって園庭は子どもたちに五感を育む優しい刺激を与えてくれます。
園庭を包む外壁は杉板張りとし、上部に見える軒裏も構造材を見せることで、建物自体が園庭の木々と調和した温かみのある園庭となりました。」
緑あふれる中庭はこの園のシンボル。季節ごとの変化も楽しめる
木の香りと緑に囲まれた開放的な室内空間
室内は木の香りに包まれた、開放的な空間です。外の風景と中庭の両方が室内から見えるため、木々の緑に囲まれたような感覚です。
「腰壁とガラスで構成された壁は適度な外部とのつながりを保つようにしています。水平に連続したガラスは外部につながる抜けを与え、腰壁は子どもたちの目線で囲われた安心感を与えます。
園庭と室内の間にある回廊は深い軒によって雨はかかりにくく、内部のような外部の空間のため、雨の日でも自由に室内外を行き来して遊ぶことができます。上部をぐるりと回ることができるロフトもあります。」
視認性もよく安心感もある開放的な内部空間
上斜めに張り出す軒は雨除けにも
園庭や室内で、子どもたちが日々を安全に過ごすことができるよう安全面での設計の工夫も各所に施されています。
「ガラス面へのサインによる衝突防止措置などの工夫をし、子どもたちに優しい計画としております。
子どもたちは身の回りの環境から多くのことを感じ成長します。砂場の砂や、木と石のベンチのサラサラ、ゴツゴツしたような手触り、木のぬくもりや腰壁のモルタルのひんやりとした感触、季節によって変わる落ち葉や虫の様子、床の踏み心地から植物や土の匂いまで、様々な部分から感性を育んでいくと考え、設計をしました。」
木や石のベンチ、木々や植物で五感を豊かにする
砂場は屋根がある場所で雨でも平気
子どもたちの安心した保育生活の場としての園舎
園舎のあり方として、公園など広い場所にありながら人が休んだり雨宿りをしたりする、街のあずまやのような、人の拠り所となる存在にしたいと考えたそうです。佐野さんはこう締めくくってくださいました。
「この地域の子どもたちが地域のあずまやである園舎に集まり、安心して保育生活を送ることが、ここでのひとつの正解になるのではないかと考えています。」