地域のお産の灯を絶やさない~ファミール産院ありだ誕生とその後の物語
掲載日: 2025.12.8

この地で子どもが生めなくなるという危機感から始まった
20~39歳の女性が2050年までに半減する地域、消滅可能性自治体と呼ばれる自治体は全国の4割といわれている。
地方自治体での大きな社会課題となっていることのひとつに産院がないという現実がある。
子どもたちを産み育てやすいデザイン部門・優秀賞(こども政策担当大臣賞)を受賞した、ファミール産院ありだ誕生までの物語は4年にわたるストーリーがあった。
医療法人マザー・キーファミール産院グループ 代表 杉本雅樹さんは経緯を語ってくれた。

4年に及ぶ産院誕生までのストーリーには多くのハードルがあった
「和歌山県有田市は全国的にはミカンで有名な街です。有田市では出産施設がなくなるという話があり、4年ほど前から産院の問題をどうしようかという話を1市3町で協議されていました。
私は千葉県を中心にファミール産院という名前で10施設程度の産婦人科、診療所を運営しています。有田市に産院をつくる件は、関西の各医療法人から断られていたようで、私のところに相談が来ました。
有田市が所有する保育所が閉所になるという話を聞き、物件を見てその場で引き受ける決意しました。最後の卒園式では、『ここは産院となり、私たちが引き継ぎます』と一大決心を表明した記憶があります。」
この物語には、そこに至った経緯がある。医師の退職によって有田市立病院が2019年末に分娩の受け入れを停止したが、島根県出身の平野医師が有田市立病院に着任し、2022年分娩を再開した。
しかし医師の働き方改革の施行により、勤務医の時間外労働が制限され、産科医1名のみでは分娩が継続できなくなる可能性があった。
有田市が民間事業者の誘致のために別事業を進めていた積水ハウスへ相談したことで、今回の縁につながった。
産院の内装は「幸せに包まれるように」との思いを込めて母親に送るお祝いの花束をイメージしたフラワーボックスを随所に設けた。

内装は明るく、洗練されたデザインに。フラワーボックスは出産祝いの花束をイメージ
「保育所を改装して完成した産院(分娩棟)は明るく、良い環境になりました。そして、入院棟は新規に園庭に建てられました。
向かいにある公民館では上棟式をやらせていただいたり、隣接する農地を借りて駐車場のスペースにしたりして、いろいろな方々の支援でスタートしました。
積水ハウス地方創生担当らがこの地域の活性化に向けたフォーラムも実施しています。」

多くのステークホルダーの参画で産院運営から地域の活性化まで議論
思いをひとつに、共創のために様々な関係者が集う
プロジェクトの成功のためには、運営ノウハウの提供、敷地の確保、施設の企画や設計、継続的な経済的支援など、多くの課題があったが、ひとつひとつを乗り越えていった。
そこに共通した思いは『この地でお産の灯を絶やさない』というものだった。
「産後ケアにも力入れていまして、出産した後にどうやってお母さんたちが気持ちよく子育てできるかということにチャレンジしています。
大切なことは産院ができてからどのように維持・発展させていくか、ということ。地元の方々との交流、大学生との連携でこの地域を良くするためにどうしていこうか、という話を続けています。産院を運営していくことは産官学共同でこの有田市を盛り上げようというプロジェクトでもあるのです。多くの方々の参画があり、1年半経った現在では今や有田市になくてはならない産院に育ちつつあると考えています。」
こうした課題は有田市に限ったことではない。今回のプロジェクトを通じて、杉本さんは地域における産院の存在について決意を新たにしたという。

行政、企業、専門運営機関、市民の協働によって産院は生まれ、運営されている
「出産は旦那さん、家族、おじいちゃん、おばあちゃん、親戚、友達、みんなに幸せが降ってくるものです。
私は医療従事者として、それを間近に感じています。
この温かい雰囲気を日本中に発信できたらいいなと思って、有田市のプロジェクトを皮切りに、地域に産院を増やしていけるような力添えができたらよいと思っています。」
