国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~

掲載日: 2022.9.5

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~

キッズデザイン協議会は7月4日、北海道白老町の国立アイヌ民族博物館から「探究展示 テンパテンパ」のオンライン見学会を実施しました。この展示は、2021年キッズデザイン賞で優秀賞(経済産業大臣賞)を受賞したものです。
当日は、同博物館研究学芸部研究主査の笹木一義さんが、キッズデザイン協議会の安好専務理事との対話を通して、さわれるという体験とそこから生まれる好奇心をアイヌ文化への理解に導くための工夫や展示への想いを紹介してくれました。

国立アイヌ民族博物館と「探究展示 テンパテンパ」について教えてください。

国立アイヌ民族博物館は2020年7月にオープンしたアイヌ民族の歴史と文化がメインテーマの国立博物館です。アイヌ文化を扱った博物館は以前から北海道内外にありますが、国立館でアイヌ民族の歴史と文化を主題とした館は初めてとなります。
「テンパテンパ」とは、アイヌ語で「さわってね」という意味です。

当館の展示では、アイヌ民族の長い歴史や文化、そして、現在はほかの多くの和人(大和民族)と変わらない生活を送っているアイヌ民族のことを知ってもらいたいと思っています。たとえば「私たちの歴史」のコーナーでは、北海道と樺太、本州が地続きだった約3万年前からスタートしています。
ちなみに、海外では先住民族に関する国立の博物館が2000年代初頭、もしくはその以前からオープンしましたが、当館のオープンは2020年。20年ほど遅れています。国内でアイヌ民族が先住民族であると国会で決議されたのが2008年、通称「アイヌ新法」が施行されたのが2019年と、つい最近の出来事なのです。 実は差別の歴史もあって、アイヌ民族だと公言できない人がいることもぜひ知っておいていただきたいです。みなさんの身近にもいらっしゃるかもしれません。

さて、展示ですが、基本展示室は自由動線となっておりまして、14あるプラザ展示のケースを含めて自由に回れる構成になっています。6つのテーマの基本展示とリンクするように探究展示を3ヶ所(18の体験ユニット)配置し、「見る」基本展示と「さわれる」探究展示をつなぐピクトグラムの番号を振って、番号を行き来しながら理解を深められる仕掛けです。

それでは参りましょう。

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~ 国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~

案内にはアイヌ語が最初に表記されているんですね。

当館では、アイヌ語を第一言語にしています。
アイヌ民族の視点で展示を作っているので、6つの基本展示のテーマは全て「私たち」から始まっています。

イタㇰ 〜 私たちのことば
イノミ 〜 私たちの世界
ウレㇱパ 〜 私たちのくらし
ウパㇱクマ 〜 私たちの歴史
ネㇷ゚キ 〜 私たちのしごと
ウコアㇷ゚カㇱ 〜 私たちの交流

アイヌ語は明治政府による同化政策で次第に使われなくなり、残念ながら今ではネイティブとして話せる人がほとんどいないのが現状です。サインや解説文は限られたスペースで正確に伝える必要があるので、日本語や英語表記は厳選しました。アイヌ語にも方言があってそれも併せて表記しています。
また、アイヌ語は音で伝承されてきた言語で、文字を必要としません。ですから表記すると小さい「ㇰ」や「ㇻ」など見慣れない文字もあります。「どうしてだろう?」と疑問を持ったら6つのテーマ展示と探究展示で確認する、というふうに展示を行き来してもらえたらうれしいですね。

聞きなれない響きが多い印象ですが、聞いたことのあることばもありますね。

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~

「アイヌ」はアイヌ語で「人間」という意味で、「カムイ」は「神さま」と言われることがあります。「神さま」とは言っても宗教的な神とは意味合いが違います。カムイは天では人間の姿をしていますが、人間の世界に降りてくるときに、動物や植物の姿をするカムイもいます。
例えば、ヒグマをアイヌ語では「キムンカムイ」と言います。「キㇺ」と「ウン」と「カムイ」で「山にいる<神>」という意味です。ヒグマはカムイの中でも上位のカムイなのです。 ちなみに、「カムイ」の発音は「寒い」に近いです。

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~ (ユニット:「イタㇰ カㇻカㇻセレ ことば帳」)

こちらは、いわばアイヌ語の単語帳です。ここには12個あります。 その一つに、ご存知の方も多い有名な雑誌、「non-no」があります。意外かもしれませんが、実はアイヌ語なんですよ。「花」という意味です。
「トナカイ」は「トゥナカイ/トゥナㇵカイ」という樺太方言のアイヌ語が、「知床」は「シレトㇰ」というアイヌ語が由来です。ただ、「シレトㇰ」は「尖っている地」という意味なので、知床だけではなく、複数の地名で見られます。

アイヌ語と日本語は系統が違うそれぞれ独立した言語ですが、隣り合っていたので実は借用語があったり身近な言葉があったりするんですよ。

さわってみたくなるものがたくさんありますね。

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~ (ユニット:「アミㇷ゚ 着物」)

このユニットでは一部の民族衣装の生地に、ミニチュアの着物でさわることができます。このミニチュアの着物は当館のこの展示のために特別に作っていただいたものです。背中側に細かい刺繍が施されているのがわかりますね。
木綿や獣の皮、樺太では草を使うなど、素材は10種類ほどあって、地域でも違います。たとえば樹皮から作られるアットゥㇱと呼ばれる生地が、素材から生地(反物)になるまでの資料がユニットの引き出しに入っています。この探究展示の隣にある基本展示には織り機があって、反物になるプロセスを見ていただけます。

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~ (ユニット:「エネ ユㇰ アネイワンケヒ シカの利用))

こちらにはシカのぬいぐるみがあります。 ぬいぐるみに付いている番号は、ユニットベースの図や引き出しの中身に紐づいています。図にはヒントが書いてあって、引き出しの中にはシカの部位から作られた実物資料(肉の模型を除く)が並んでいます。
例えば4番は「とてもおいしいです」とあって、引き出しには肉(の模型)が入っています。2番は「ガラガラです」。これは蹄で作った赤ちゃんをあやすガラガラです。また、脛の皮で靴を作ったり、毎年生え変わるツノはナイフをベルトに掛ける根付にしたりと、アイヌ民族はエゾシカの肉を食べるだけでなく、余すことなく資源として大切に活用してきました。
サケの皮で靴も作っていましたし、エゾシカとサケは、天のカムイからたくさん施される動物としてアイヌ文化では大事にしてきたのですね。

日常を覗き見ることができるジオラマは面白いですね。

1900年初頭の北海道平取町の沙流川流域の暮らしを再現した「山のくらし」というユニットです。8つの場面を紹介しています。小さな模型ですが、人々の暮らしを俯瞰的に見ることができます。
のぞき穴と同じ番号に角を合わせて、のぞき板からのぞいてみるとジオラマの中の人々が何をしているのかがよくわかります。
輪投げをする子どもたちがいますが、単に輪を投げるだけでなく、下から棒で突いていますね。狩りの練習を兼ねた遊びなのですね。

これは1900年ごろの北海道のアイヌ民族のコタン(集落)を想定したジオラマですが、もう一つ、同時期の樺太のアイヌ民族の暮らしを再現したジオラマがあります。北海道よりも寒冷地のため家屋の造りが異なっていたり、犬ゾリを使ったりしています。
興味深いのは、水辺にいる人々です。
当時、北海道は和人(大和民族)によってサケ漁が禁止されていました。北海道のジオラマでは、やむなくこっそりと漁をしていますが、サケ漁が禁止されていなかった樺太では堂々と漁をしているんです。 当時の社会情勢も織り交ぜて作ってあります。

代々受け継がれてきた貴重なタマサイも展示されているそうですね。

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~

タマサイというのは女性が儀式など特別なときだけに着ける首飾りです。ガラス玉と金属で出来ていて、とても重いです。
ガラス玉は中国やロシアなど北方などから輸入したもので、金属部分は本州以南から入ってきた鏡や刀のつばなどが使われました。こうしたことからもアイヌ民族の海を渡った交易を知ることができます。向かいにある「ウイマㇺ 交易」のユニットではどんなものが輸出入されていたのか、クイズ形式で体験できます。

貴重なタマサイということですが、この右側の引き出しのタマサイは、この展示を一緒に開発した博物館スタッフの家に、少なくとも150年以上前から伝わると言われているタマサイです。本来なら、家で大切に保管されているものですが、ご家族のご理解をいただいて特別に展示させてもらっています。
現代でも脈々と受け継がれていることがお分かりいただけると思います。

ここでは、実物資料や見本の写真を見ながら、自分でパーツを組み合わせてオリジナルのタマサイを作って、写真を撮っていただけます。持ち帰ることはできませんが、記念にもなるのでトライしてほしいですね。

たくさんのぬいぐるみや本がありますが、どのようなコーナーですか?

国立アイヌ民族博物館『探究展示 テンパテンパ』 ~体験を通してアイヌ文化にふれる~ (画像 「探究展示 テンパテンパ」t.3エリア)

靴を脱いで入ることができる探究展示のt.3エリアです。
40種類ほどあるぬいぐるみにはそれぞれタグが付いていて、アイヌ語の名前や由来、関連する絵本や書籍をすぐに手に取れるようになっています。立体インデックスというイメージです。
先ほどもお話ししましたが、アイヌ語は樺太や千島でも使われていて、動物名の方言も紹介しています。

ここは塗り絵などのワークをしていただくワークショップスペースとして設計しています。本来なら、この場でやっていただきたいのですが、コロナ禍のためワークシートを配布しています。
アイヌ文様(模様・紋様)を塗っていくのですが、真剣に取組むと30分〜1時間くらいかかってしまう。そのくらい細かい文様です。

先ほどの「着物」のユニットで生地の素材や作り方、文様を紹介しましたが、このワークを体験していていただくと、無地の生地に細かい刺繍を施すことがいかに大変か実感していただけると思います。シンプルなワークですが、そういうねらいを込めて作りました。

子ども用の着物は、伝承者の方に作っていただきました。このエリアでは実際に着用して写真を撮っていただくことを想定しています。

「探究展示 テンパテンパ」が他の博物館と大きく違う点はどこでしょうか?

体験できる展示が、基本展示室(常設展示室)のなかに併設されている点ですね。
基本展示の隙間に配置してあるので規模的には小さいのですが、「さわる」→「実物を見る」、「実物を見る」→「さわる」というように好奇心を即実行に移せるというのが当館の特徴ではないでしょうか。
実は、国内外問わず、教育用・体験用の部屋を別に用意しているところが多いのです。

興味を持ってもらうために、どのような工夫、配慮をしていますか?

見た目は可愛らしく作っていますが、子どもだけでなく大人にも知ってもらうために作ってあります。例えば北海道で生まれ育っても、アイヌ民族の歴史や文化をくわしく知らない人は多い。大人にも子どもにも適切な情報を伝えていくことが大事だと思っています。

また、歴史や昔の出来事と、現在進行形の出来事を分けて伝えることに気を使っています。
展示の中や、ウポポイの施設のなかでは伝統的な茅葺の住居が展示してありますが、これはあくまでも昔の住居です。いうまでもなく今は現代の住居で暮らしています。
一方で着物や料理は当時の素材に新しい素材を取り入れて、伝統を受け継ぎつつ、今も進化しています。日本料理も西欧の料理も同じですよね。

いろいろな誤解をしている人もいらっしゃるので、エデュケーターは誤解を解くように心を配ってお伝えしています。

「さわってね」という意味の名前がついた展示ですが、コロナ禍で苦労されていると思います。工夫していることを教えてください。

いろいろな方にさわって体験いただきたいのですが、難しいのが現状です。
コロナのパンデミックの終息を待っていても仕方がないので、先ほどのt.3エリアに探究展示のユニットを3つ集めて、来館者1組ずつに手指消毒をしていただき体験できる体験会を実施してきました。
また、エデュケーターやスタッフがお客さまの代わりに操作したり、対話を通じて歴史や文化を伝えたり工夫をしています。 ユニットひとつひとつに目的やねらい、伝えたいことがあります。また、子どもから大人、人それぞれお持ちの情報量が違います。それでもみなさんに最低限、得てほしいものがあって、エデュケーターやスタッフは「どうしたら伝わるか」を考えて研修と実践を繰り返しています。
「さわること」はあくまでもきっかけで、対話のためのツールだと思っています。アイヌ民族への理解を深めてもらい、多文化共生、多民族共生について考えてもらえたらうれしいですね。

国立アイヌ民族博物館webサイト「探究展示 テンパテンパ」
https://nam.go.jp/exhibition/floor2/basic/#theme_tempatempa

    
  • はたなブックアカウント
  • LINEアカウント