子どもの手による、未来のための一票~こども選挙

掲載日: 2023.11.13

子どもの手による、自分の未来のための一票~こども選挙

大人は本当の選挙へ、こどもは「こども選挙」へ

2022年10月30日、神奈川県茅ヶ崎市で市長選挙が行われました。本物の選挙の投票所には大人たちの姿が、一方、市内11箇所に設けられた「こども選挙投票所」には多くの子どもたちの姿がありました。
実際の選挙と同日に行われた模擬選挙に参加すべく訪れた子どもたちです。第17回キッズデザイン賞で最優秀賞である内閣総理大臣賞を受賞した、こども選挙実行委員会の池田一彦代表はこう語ります。

「こども選挙のミッションは、本当の選挙と同時開催する模擬選挙を通じた主権者教育の実現でした。具体的には、子どもたちにリアルな学びと市政への参加機会をつくること。子ども基本法が昨年成立し、そこには子どもが意見を表明し社会活動に参加する機会が確保されていること、という項目が明記されました。
しかし現実にはそのような機会が確保されているとは言い難い状況です。こども選挙が子どもの権利を守る受け皿になっていくかもしれないと考えました」。

子どもの手による、自分の未来のための一票~こども選挙

こども選挙は実際の選挙と同日・同場所で行なわれた

こども選挙はどのような経緯で実現したのでしょうか。

「コンセプトは『こどもが聞いて、こどもが選んで、こどもが届ける』です。
「ちがさきこども選挙」では、まず市内から15名の子ども選挙委員を募集し、民主主義を学ぶワークショップや街について話し合う機会を持ちました。茅ヶ崎の好きなところはどこか、こうした方がよいのではないか、といったことを出し合い、付箋で貼って議論し、実際の市選挙に立候補した3人に質問する項目を50問から3問に絞り込みました。

『市長になったら何を頑張りたいですか』『子どもと大人の意見をどのようにして取り入れますか』『茅ヶ崎にマンションを増やすことについてどう思いますか。マンションをつくるメリットがあると思いますか』の3つです」。

茅ヶ崎市はコロナ禍以降、移住者の増加傾向があり、マンションが増えているそうです。その影響で小学校の教室も手狭になり、受け入れ体制も不十分な状況があり、子どもたちはマンションが増えていくことへの疑問を持ち、市長候補者に聞いてみたいと考えたそうです。

子どもの手による、自分の未来のための一票~こども選挙

子どもたち自身が考えた質問は実際に届けられ、回答を得られた

多くの子どもが参加、思わぬ気づきにもつながった

「ちがさきこども選挙」の投票権を持つのは、茅ヶ崎市在住の小学1年生から17歳の子どもたち。

「市内の11か所に投票所を作り、ネット投票のシステムも構築、選挙管理委員会と連携して本物の投票箱と記載台を設置しました。小学校から高校生まで投票に参加し、合計566票が集まりました。投票の際、投票用紙に候補者へメッセージも任意で記入してもらいました。これも359人の子どもが書いてくれました。これはとても貴重な子どもの声だと思いますので、市長を含む全ての候補者に届けました」。
特に注力したのはあらゆる年齢層の子どもが無理なくこのプログラムに参加できるように工夫をしたことでした。実はその結果、思わぬことに気づいたと言います。

「プロセスを通じて重視した点は、子どもにとってわかりやすいものであること、でした。
例えば、投票用紙は小学1年生でも投票しやすいように〇付け方式にデザインしました。実際の選挙では届け出順が発表された後でないと用紙のデザインや印刷ができないため、自治体の負荷が大きく、なかなか実現しません。でも、この方式を実現した「ちがさきこども選挙」では無効票がほとんどなく、子どもにわかりやすいものは、大人にもわかりやすいのではないか、これは選挙のリデザインにつながるはずだ、と感じました」。

子どもの手による、自分の未来のための一票~こども選挙

わかりやすさを追求すると誰もが使いやすいデザインになる

体験を通じて、子どもから届いた感動のひとこと

参加した子どもたちからは、多くの感想が寄せられました。それは期待以上に素晴らしいものだったと振り返ります。
「『自分と意見のあった人に投票すればいい、市民の声をちゃんと聞いてくれそうなところが決め手になりました』『自分の意見や意思を伝える場として一票の大事さを感じられるいい機会を設けてもらいました』『茅ヶ崎市は前は自分の住んでいるところとしか思ってなかったけど、こども選挙が終わった後は自分の大切なものみたいな感じで、より良くしたいなと思いました』などです。実行委員会10名ほどで運営してきましたが、子どもたちの声を聞いて、僕らがやったことは間違ってなかった、目指したことが伝わったと思い、泣いて喜んだほどでした。主権者意識が確実に芽生えたこと、シチズンシップが育まれたこと、市政への参加機会が提供できたことは、子どもへの大きな成果だと思っています」。

大きな成果がもうひとつ、しかし現実は偏見との闘いも

そしてもうひとつの大きな成果は、実はこの体験を通じて変わったのは、大人のほうであった、ということ。選挙や政治に対する意識や見方が大きく変化したと感じさせる事実がそこにはあったのです。

「実は大人にも大きな影響がありました。ひとつは大人にもわかりやすい選挙メディアだと評判になったことです。インタビュー動画をウェブにアップしましたが、子どもが聞くと政治家の方もわかりやすく答えていただけて、そのような評判につながったのだと思います。2つめはボランティアで参加した方が半年後の市議会議員選挙で2人も立候補し、市議になったことでした。普通のサラリーマンと主婦ですが、子どもたちと一緒に活動していく中で街の課題に触れたり、子どもが頑張る姿に触れたりしたことで、自分も政治に関わる側に回ろうという意識が芽生えたのだと思います。主権者教育を受けたのは実は大人だったのかもしれません」。

大きな反響と成果を得たこども選挙は、全国に広がりを見せ始めています。

「埼玉県さいたま市、鳥取県鳥取市、香川県高松市と、この取組は全国に広がっています。その後も多くの問い合わせがあり、全国こども選挙実行委員会というコミュニティを構築しました。これには取り決めがあり、共有し合おう、主体的に発展しよう、相互扶助ネットワークで助け合おう、の3つです。各地でノウハウをシェアしながらこども選挙は今なお進化しています」。

子どもの手による、自分の未来のための一票~こども選挙

全国に広まりつつあるこども選挙は、ひとつのコミュニティになっている

しかし実現のためには、プレッシャーや偏見との闘いだった、と言います。今回の受賞はこの活動の意義を社会的に理解してもらうために重要だったと締めくくってくださいました。

「現実にはこども選挙は偏見との戦いでした。選挙と名のつくポスターは貼れない、本当の選挙と同日でやるなんて怖い、任意団体がやっていることに協力できない、政治的中立性が担保されるかわからない、子どもがあんな質問なんて考えられるわけがない、現体制の反対派だろうといった声がありました。これほどのリスクを負ってまで僕らがやる必要があるのかと悩んだこともありましたが、仲間や家族の支えで 前向きになることができたと思っています。最優秀賞受賞を契機にこの取組への理解が深まり、日本社会をより良い未来へ導いてくれる、子どもが街の未来を変えていくことを願っています」。

    
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