2021.10.28

開発者の想い:ひより保育園代表・古川理沙さんインタビュー(後編)

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前編からの続きです。

子どもたちの「やってみたい」を大切に。0歳から包丁を使う

食育の良い点はどんなところですか?

季節の旬の食材は、栄養学的に見てもその時期に本当に必要な栄養素が備わっているので、若ければ若いほど単純に美味しいと感じるはずなんですよね。だから、できれば味覚の形成に大きく関わる3歳くらいまでの間に、本当に美味しい旬のものを食べる機会を作ってほしいと思います。食べるだけでなく、調理をしてみたり、収穫してみたりするのもいいですね。「ひより保育園子ども包丁」や『「ひより食堂」へようこそ 小学校にあがるまでに身に付けたいお料理の基本』もその手助けになればいいなと思います。

食育活動をされているなかで、お子さんへ配慮されていることや工夫されていることなどありますか?

実は、小さい時から包丁などの危ないものを「危ないものだよ」と教えられながら触れる経験のあった子は、そうでない子に対して大きな怪我をしにくい傾向がある気がしています。小さければ小さいほど、ある意味で動物的に「怖いものは怖い」と認識する力があるので、慎重に対応することを体で覚えていくんですね。一方で、テレビや動画でインプットをして、感覚よりも脳の方が先立つようなかたちでやろうとすると、危ないんです。だから、なるべく低い年齢から、包丁にも触れてもらうことを大切にしています。

包丁は、燕三条の藤次郎株式会社さんとコラボして製作しています。大人が使うとびっくりするぐらいよく切れるんですが、逆に子ども用にあんまり切れないようにしてしまうと、変な力をかけてしまって大怪我につながるんです。落としたときに危なくないように切っ先は丸くしてありますが、余計な力をかけなくてもすっと食材を切れるようにしてあるのが特徴です。

また、ひより保育園は企業主導型保育事業といって、園で独自に園児さんを集めます。だから、ありがたいことに「こういう食育をやってくれる保育園を待ってました」と、保護者さんたちがひより保育園を選んで、遠くからでも来てくださっていて、活動を理解していただいています。

子どもたちや先生方との関わりで印象的だったエピソードはありますか?

子どもたちが「竹を切ってきて流しそうめんをしたい」と言ったことがありました。竹を縦に割ると流す部分を作れて、節の部分を横に切れば器になるよね、と誰かが言い出して、器から作ることになったんです。

そのときに、今の教育現場では「この節から何cmを切りましょう」と大人が先に線を引いてしまうかもしれません。でも、子どもたちに自由に作らせてみると、たくさん食べたい子はすごく深い器を作ったりするです(笑)。深すぎると使えないことは先生たちもわかっているのですが、はじめから「使えないでしょ」と言うのではなくて、先生たちは一度ちゃんと失敗させてみて、次に活かせる環境を作っていました。

別のエピソードでは、近くの農家さんからさつまいもをいただいたときに、大学いもを作りたいと言った子どもたちがいました。

先生たちが「どうぞ作ってみてください」と言うと、大学いもを作ったことのない子どもたちが話し合いを始めました。「大学いもはとろっとして甘いから、はちみつが入っているよね」という意見が出て、給食室にもらいに行ったところ、乳児に食べさせてはいけないのではちみつは置いていないことがわかったのですが、そこであきらめるのではなく、「どんな甘い調味料がありますか」と尋ねて、借りてきたんです。

それで、ちょっとずついろんなものを混ぜていって、混ぜるたびに全員がちょっとずつ味見して「いや、違う」「もっと甘いよね」と言いながら、なんと1回でいきなり大学いもが完成したんです。すごいですよね。

先生も、2回目ぐらいまでは得体の知れないものが仕上がって3回目ぐらいでできるかなと見守っていたそうですが(笑)。そういう風に、口を出さずに待っている先生たちの力が、「プロの仕事だな」と思って私は見ています。大人が先回りするのではなく、子どもたち自身が実験して、確かめて、次に活かせるのは豊かな体験になると思います。

今を生きる子どもたちに対して、どのような大人になってほしいと願っていますか?

小学校、中学校、そして社会人になっていって社会経験を積んでいくごとに、相手の年齢や肩書き、家柄といった情報で人を見てしまって、本人をちゃんとまっすぐ見る力がどんどん薄れていってしまうように思います。でも、子どもたちは相手が3歳だろうが50歳だろうが、立派な肩書きの人だろうがそうでなかろうが、何のフィルターもつけず対等に見て接していますよね。

子どもの頃から調理などを通じて、実験して、ものごとや人をまっすぐ見る目を養ってもらって、大人になってもその心を持ち続けていってほしいなと思います。

最後に、古川さんがパワフルに活動される原動力は何でしょうか?

食の話題が日常にあり、「今年最後のオクラですね」「もうすぐ〇〇さんのしいたけが出てきますね」というように、みんなで話しています。これが私はとても素敵だと思っていて、何かここにないものを追い求めるのではなくて、季節が移ろうなかで旬のものを食べて、次の季節を楽しみにしたり、「〇〇ちゃんが初めて立ちました」とみんなで喜んだりして豊かに暮らすことが、新しいこと始める種火みたいになって、続けていく力になってるのかもしれません。

明るく、しなやかで、大らかさを持つ古川さんのお人柄が、人を結び、チャンスをつなぎ、大きな輪になって広がっていく様子が窺えました。

2022年4月からは古川さんが代表理事を務めるNPOが、鹿児島県庁の最上階フロアの運営を担い、コワーキングスペースやポップアップ用のキッチンなどを活用しながら食を軸にした新たな事業を展開していくとのことです。子どもたちを中心に、さまざまな世代が豊かな食と、食にまつわる活動に触れられる機会が増えていくといいですね。

キッズデザイン賞マーク
文章:遠藤 光太