2024.10.15
インクルーシブ・キッズデザイン 体験レポート
ホワイトハンドコーラスNIPPON(前編)
キッズデザイン協議会の調査研究事業インクルーシブ・キッズデザインプロジェクトの活動として、キッズデザイン賞を受賞したインクルーシブな活動「ホワイトハンドコーラスNIPPON」の取材内容を2回にわたってレポートします。
第17回キッズデザイン賞受賞(2023):子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン部門
「ホワイトハンドコーラスNIPPON」は、聴覚・視覚に障害があったり、車いす利用、自閉症や発声に困難を抱えていたりする子どもたち、障害のない子どもたちが集まった合唱隊です。手話を使って歌う子は白い手袋をして歌の世界を表現することから、ホワイトハンドコーラスと呼ばれています。
1995年に社会課題解決型の音楽教育「エルシステマ」の本拠地ベネズエラで誕生したインクルーシブな芸術活動を2017年から日本で展開し、東京、京都、沖縄に活動が広がっています。
私たちはそのパフォーマンスがどんなものか、またどのように創り上げられていくかに興味津々で、週1回開催される東京での練習やワークショップ、横浜で開催された公演に足を運びました。
その後、代表理事であり、芸術監督であり、ソプラノ歌手であり、4児の母でもあるコロンえりかさん、写真家であり理事の田頭真理子さんにお話を伺いました。インタビューの内容は後編でご紹介します。
ワークショップと練習の見学 2024年4月21日(日)
インクルーシブな音楽のカタチ、個性が奏でる「ホワイトハンドコーラス」
ホワイトハンドコーラスでは、「音」に縛られずに、全身を使って音楽の世界を表現します。「声隊(こえたい)」と「サイン隊」で構成され、声隊は声で歌い、サイン隊は手歌で歌います。「手歌」とは、歌詞から感じた情景を手話に取り入れてパフォーマンスする方法で、手や顔の表情、全身を使う身体表現そのものです。面白いことに声隊と同じようにサイン隊もソプラノ、アルト、テノール、バスのようなパートがあります。そして、リズムもメロディもハーモニーも表現できます。特に「ハーモニーの可視化」によって表現の可能性が広がっていきます。
この表現のクォリティを支えている講師陣も素晴らしいのです。声隊やサイン隊の講師は各分野の第一線で活躍する音楽家や俳優で、合唱指揮者、サイン指揮者、ピアニスト、ボイストレーナー、手話通訳、手話パフォーマーなどが集結しています。
フツウに厳しい練習なのにのびのび、白熱するワークショップ
日曜日の午後、私たちは、池袋にある東京芸術劇場の地下にあるリハーサルルームを訪れました。
まず、声隊の練習1時間20分、少しの休憩を入れて、サイン隊の練習1時間30分が行われました。
今回は、それぞれの冒頭で DUMI資格*1 をもつDUMISTE(デュミスト)の柳澤藍さんが、手拍子やエレキギターを使ってスウィングのリズムを体で体感するワークショップがあり、私たちも参加しました。
サイン隊のワークショップでは、私たちのような大人の見学者に加え、初めて参加する聴覚障害のある女子中学生もみんなが輪になり、柳澤さんが誘うスウィングのリズムに合わせて、手拍子したり、アクションしたり、「カホン」というパーカッション楽器で指示とは別の独自のリズムを奏でたり、聴覚障害のある子も実際にエレキギターを鳴らしてみたり、スピーカーから流れる音に手を当ててみたりして体感していました。
*1 DUMI …1984年にフランスで創設された音楽家の国家資格。音楽の要素を用いて創造性を引き出すことを重視して教える専門職。フランスではDUMI資格を取得した音楽家をDUMISTEと呼び、専門楽器ではなく<音楽>そのものを理解させることを目的とした活動が特徴。「聴くこと」「表現すること」「創造すること」を空間、身体、声、身近にある素材、楽器などを使って実践し、音楽の知識や技術など芸術的教養だけではなく創造性をもった人間形成を促す。
ワークショップの後、声隊による「オランウータン」(作詞:やなせたかし/作曲:信長貴富、やなせたかしの詩による二部合唱曲集「ひざこっぞうのうた」より)という楽曲の二部合唱の通し練習が始まりました。声隊指揮者から、リズムや発声、アクセントのつけ方、気持ちの込め方など、細かい指示が飛びます。決して叱っているわけではありませんが、厳しさが伝わってきます。そして子どもたちは、指示を理解して懸命に答えようとしています。妥協しない、なのに、のびのび、楽しんでいるようです。あっという間の1時間30分でした。
次に、サイン隊の「オランウータン」の手歌を創作するワークショップが始まりました。
「オランウータン」という楽曲は、ボルネオのジャングルから出てきて都会の動物園で暮らすオランウータンの気持ちが歌詞になっています。
まず、歌詞を読み、オランウータンがどんな気持ちでいるかを感じてみます。「ふるさと」「ジャングル」「ここ(都会にある動物園)」をどう表現するか、オランウータンが見ている世界や気持ちをどのように表現すれば伝わるか、手歌指揮者のコロンえりかさんの手話と声による投げかけに、アイデアが飛び交います。また、日本ろう者劇団顧問でもある俳優の井崎哲也さんがサイン隊の講師に加わり、子どもたちの表現案を引き出していきます。この自由闊達で穏やかな雰囲気に包まれながら、子どもたち同士で仲間の発表を自然に助け合う場面に出会い、私たちはホッコリしてしまいました。
「公演の見学(新都市ホール)」 2024年5月26日(日)
そして本番、音楽の力で見えない壁を超えた公演
ホワイトハンドコーラスNIPPONのパフォーマンスは5曲とアンコールの1曲の構成でした。もちろん、「オランウータン」もその中の1曲になっていました。
1曲ずつ、二人一組の案内役となって、手話と声で曲を紹介します。そこにはさまざまな工夫があり、整列しているコーラス隊に戻っていく時は、自然に手を繋いでいて、何とも微笑ましい光景でした。
さらに、ホワイトハンドコーラスNIPPONをモデルとした読み聞かせ本「ミルとキクとポッシボ」の動画が流れました。「無理なことはやらなくていい、得意なことをのばせばいいんだ」とポッシボは言います。
「オランウータン」では、ワークショップでカホン をひたすら叩いていた子どもが、そのままのパフォーマンスで曲を盛り上げました。個性が活かされた演出でした。
そして完成した手歌では、オランウータンの檻に閉じ込められた孤独や、都会の中で人間を見つめる目のやるせなさや、オランウータンの発する声に合わせた4つのパートが見事に連動する波のような動きに、ボルネオの森を渡る風を、木々の揺れる様を感じました。
アンコールの前には、日本手話では障害者は「壊れた人」と表現するという説明が案内役の子どもからありました。これを変えたいということと、「第九のきせき」in欧州*2で訪れたウィーンで出会った障害をもつ国連職員から教えられた、「別の能力を持った人」として表現したいというメッセージが発せられました。
その中で子どもたちは堂々と、毅然として前を向いていました。そして笑顔を作るパフォーマーに徹していました。
アンコール曲はベネズエラ民謡の「ア・エ・ミ・バナナ」でした。バナナの着ぐるみで登場したプレゼンターが手歌を教え、観客も立ち上がり、笑顔になって、歌と手歌でいっしょに歌いました。
*2「第九のきせき」in欧州 …コロンえりかさんと田頭真理子さんが共同代表となって取り組まれた活動。アポなしでベートーヴェン・ハウス(ドイツ・ボンにあるベートーヴェンの生家兼博物館)を訪問。「第九初演から200年にあたる2024年に写真展をヨーロッパで開催したい、子どもたちを連れてきたい」とプレゼンテーションを行い、世界最大のバリアフリーの国際会議「ZeroCon24」の開催に合わせて、ホワイトハンドコーラスNIPPONのメンバーの第九の手歌を可視化した写真展や第九の第4楽章「歓喜の歌」の公演が実現した。(ウィーンでのパフォーマンスは、2024年2月20日・23日・24日)
ウィーン滞在期間中に、バリアフリーのアカデミー賞といわれる「ZERO PROJECT AWARD」の2024年最終選考団体として授賞式にも参加。(97か国523団体のノミネートから43か国77団体が選出され、日本からは3団体が受賞)
公演では、「第九のきせき」の写真作品展示もあり、写真の撮り方の説明が田頭さんからありました。 LEDライトのついた特殊な手袋をつけて暗黒の中で撮影をしたそうです。
プロジェクトメンバーの感想
・公演で聞いた、障害者=「壊れた人」という日本手話の表現に衝撃を受けました。「別の能力をもった人」というポジティブな見方が社会全体でできるようにしたいものです。
歌うだけとか演奏するだけでなく、表現する方法がいろいろあって、障害の有無に関わらずバリアを超えて行われるパフォーマンスはとても心にぐっとくるものがありました。
・子どもたちがそれぞれのペースで取り組んでいるのが印象的でした。指導者の専門性が高く、協力を申し出てジョインする人も多いそうです。それだけ、人を惹きつける魅力のある活動なのだと感じました。
・指導者は子どもたちに普通に接して、ちゃんとしたレベルを要求しています。歌も聞き入ってしまうほど本格的で、だからこそ人が集まる活動に繋がると思いました。
誰に障害があるかないか忘れてしまうほど活発に活動していました。
目が見えたり、見えなかったり、補聴器をつけていたり、いなかったり、耳の聞こえない程度が違ったりするのだと思いますが、自分たちですっと助け合うことが出来ていることに感動しました。
みんなの障害の程度は分かりませんが、インクルーシブとはこういうことかと腹落ちしました。
<インフォメーション>
・ホワイト・ハンド・クリスマス
ホワイトハンドコーラスNIPPON 東京公演
日時:2024年12月24日 17:00開場 18:00開演
場所:大田区民ホール・アプリコ 大ホール(蒲田駅徒歩3分)
詳しい情報はこちらから
活動のご紹介はこちらです
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コロンえりかさんのプロフィール
エルシステマ・コネクト 代表理事/芸術監督
ソプラノ歌手/ホワイトハンドコーラスNIPPON芸術監督
ベネズエラ生まれ。聖心女子大学、大学院で教育学を学んだ後、英国王立音楽院声楽科修士課程を優秀賞で卒業。2019年東京国際声楽コンクールにて史上初グランプリ・歌曲両部門で優勝。日本ではラ・フォル・ジュルネや井上道義指揮、野田秀樹演出の「フィガロの結婚」など全国で公演。キングレコードより「BRIDGE」をリリース。イタリア、フランス、イギリスでの音楽祭出演、国内外で演奏活動を続けながら、ホワイトハンドコーラスNIPPONの芸術監督として、視覚・聴覚など障害のある子どもたちに音楽を教えている。一般社団法人El Sistema Connectの代表理事として音楽によるソーシャル・インクルージョンを目指した活動を模索し続けている。4児の母。
田頭真理子さんのプロフィール
写真家、ホワイトハンドコーラスNIPPONの理事
広島県尾道市出身
高校卒業後、写真家立木義浩氏と出会い写真家を志す。
2000年に客船「飛鳥」船上カメラマンとして1年間勤務し乗客の記念写真を撮影。
2001年より東京工芸大学写真学科で写真の基礎を学ぶ。
2005年キヤノンギャラリーにて初の個展「mobile sense」の開催を機に、フリーランスフォトグラファーとして活動を開始。
現在は東京を拠点に広告撮影をする傍ら、地域の祭りや文化などに関わる人間模様の撮影を続けている。
2017年からホワイトハンドコーラスNIPPONの活動を広めるべく広報用写真を手掛ける
2021年よりホワイトハンドコーラスNIPPONとの共同制作による写真作品「第九のきせき」の活動制作開始。
2024年にはウィーンにて写真展を開催
<参加企業・団体>
株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ、株式会社フレーベル館、株式会社LIXIL住宅研究所、東京大学大学院