2021.11.17

「勉強は親子で一緒に楽しむもの!」~しゅくだいやる気ペン開発者・中井信彦さんインタビュー(前編)

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「勉強は親子で一緒に楽しむもの!」

コクヨの「しゅくだいやる気ペン」の公式ウェブサイトには、勉強を楽しむ親子の声が掲載されています。このツールは、普段使っているえんぴつに装着するだけで、勉強への取り組みを見える化して、やる気を引き出し、親子のコミュニケーションを促してくれます。

開発者のコクヨ・中井信彦さんに、開発の苦労や工夫について、話を伺いました。

アナログ商品の得意だった会社が、デジタルを掛け合わせる

開発のきっかけを教えてください。

「しゅくだいやる気ペン」を発売する3年前の2016年にさかのぼります。

コクヨは、文具とオフィス家具を主力製品とする企業ですが、新規事業の開拓というミッションを持ったイノベーションセンターで、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の製品の検討を始めました。

文具やオフィス家具というように、当社はアナログ商品が得意な会社だったので、なにかIoT化した製品を介してアナログとデジタル、インターネットを掛け合わせることで、何かできるのではないかと期待感を持って取り組み始めました。

ただ、何をIoT化するのが良いか検討するのは難しい作業でした。文具の既存製品は、1万点ほどあるからです。はさみやステープラーなど、「何がいいんだろう」と検討していたなかで、「書くという行為には人間の創造性や成長の中で、必要なものが何か見つかるのではないか」「人間の本質に関わるものが見えてくるのではないか」と考えました。もともと当社はキャンパスノートが一番の看板商品で、その書くという行為に対して向き合ってきた会社なので、さらに書くことを考え直し、書く行為にセンサーを載せることはじめに考えていました。

子どもに着目したのはなぜですか?

書くという行為をもっとも日常的にやっているのが子どもたちなんです。学校などでえんぴつやペンを使って書いている時間が長いのはポイントでした。

また、基礎研究として「書くことはなぜ重要なのか」といったテーマも扱っていました。一般的な筆記具で紙に書くときと、スタイラスペンでタブレットに書くときの脳波を取って、どう違うのかを実験し始めていたんです。*1

人間の頭の中にあるメモリのうち、考えることに使える比率が異なるようです。また、アメリカでは、キーボードで打つよりも書いたほうが記憶に定着すると結論づけている研究もあります。

そこで「子どもたち」と「書くこと」にフォーカスして、開発を進めていきました。

まさかの開発プロジェクトのストップ。そのとき何が?

開発で難しかったのはどんな点ですか?

実は、開発プロジェクトを一度取りやめてしまったことがありました。 完成品は違いますが、最初のコンセプトは「子どもの見守りツール」だったんです。社会背景として、共働き世帯が増えていてランドセルにつける見守りグッズなども出てきていて、社内を見たときに「鉛筆シャープ」というヒット商品があり、それにセンサーをつければ親御さんが子どもを仕事場などの遠くから見守れて、良いんじゃないかと……。

私たちなりに一生懸命考えていて、1年ぐらいは真剣に検討していたんですね。3C分析・4P分析といったマーケティング手法も使って分析もしていましたし、公開されている社会課題のデータも見て開発していました。

ただ、ユーザーとなる方々にアンケートを取ってみると、結果的に残念ながら誰も欲しくないものを開発してしまっていることがわかってきたんです。共働きが増えるから社会課題として「子どもの見守り」があると思っていましたが、私たちはこれを都合のいいように解釈していて、ニーズが全然なく、すごくショックでしたね。

実は当時、小学校に入ったばかりだった私の娘と息子が、書くことが苦手だったんです。そんな個人的な背景もあって、「絶対になんとかしたい」と思い、諦めずに書籍やセミナーを参考にして開発プロセスを見直していきました。

ある書籍*2で、「幸せな顧客を作るのがビジネスなんだ」と書かれていたのを読んだときには、大きな衝撃を受けました。それまでは顧客が「どう使っているか」というシーンしか頭に浮かんでいなくて、「幸せになっているシーン」までは考えられていませんでした。でも、ビジネスの本質は顧客を幸せな状態まで導いていくことであり、使っていることがゴールではないと書かれていて、自分の間違いを見抜かれてズバッと言われたような気がしました。

データや意見ではなく、行動を観察すること

「顧客を幸せにすることがビジネスの本質」と気づいてから、どのように「しゅくだいやる気ペン」につなげていったのでしょうか?

いろいろ試しているなかで、はりぼてのプロトタイプとして、単に光るペンでアプリをチョンと触ると、動画で「600点」と出るようなものを作って、私の娘に使ってもらいました。すると、喜んで笑顔になって、勉強なのに子どもの気持ちを変えることもできることに衝撃を感じました。「自分のアイディアで子どもは変わるんだ」「もしかしたら行動も変えられたら商品になるかもしれない」と。

それがきっかけで、自分の娘以外にいろんな子どもたち達の勉強するシーンをもっと理解したいと考え、30人ほどの親御さんに、家でお子さんがどういう風に宿題をするか撮影してもらったんです。子どもたちは、勉強を始めたらすぐに鉛筆で三角形を作って遊び始めたり、鉛筆キャップをピーピーと吹いて、動画を撮っているのに叱っているお母さんが出てきたり。生活を観察してみると、ちゃぶ台と机を行ったり来たりしていたりしますし、お母さんたちの「ご飯作らなきゃ」という焦りみたいなものもにじみ出ているんですよね。言葉やデータとは、全然違う肌触りや手触りが立ち上がってくるなと感じました。

でも一方で、親御さんはすごく努力していることもわかりました。例えば電車好きのお子さんだったら、駅の看板みたいなフォーマットに漢字を書けるようにして、子どもが食いつきやすいように工夫している方もいました。子どもの勉強に寄り添っていたい気持ちの深さに感動しました。

データを見たり意見を聞いたりするよりも、ユーザーの行動をよく見ること、生活を丸ごと観察することが重要だと気づき始めていったんです。

【キッズデザイン賞】
しゅくだいやる気ペン

*1 参考:コクヨS&T、ノートへの手書きの良さを脳波で研究
*2 感銘をうけた書籍:図解リーン・スタートアップ成長戦略 アッシュ・マウリャ (著)

後編につづきます。

キッズデザイン賞マーク
文章:遠藤 光太