2024.10.15

インクルーシブ・キッズデザイン 体験レポート
ホワイトハンドコーラスNIPPON(後編)

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キッズデザイン協議会の調査研究事業インクルーシブ・キッズデザインプロジェクトの活動として、キッズデザイン賞を受賞したインクルーシブな活動「ホワイトハンドコーラスNIPPONI」の取材内容を2回にわたってレポートします。今回は、インタビューの内容をご紹介します。
前編はこちら

一般社団法人El Sistema Connect
第17回キッズデザイン賞受賞(2023):子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン部門

インタビュー 2024年7月3日(水)

コロンえりかさんと田頭真理子さんをお迎えして

 楽しく、感動的だった公演の熱気が落ち着いた頃、私たちはホワイトハンドコーラスNIPPONの活動をもっと深く理解しようとインタビューの機会を設け、お二人にさまざまな質問を投げかけました。

Q:見学した練習では、どの子に障害があるかないかが分からないぐらい、子ども達みんなが自然に助け合っていました。そういう形が出来上がる過程で、どんなことをされてきたのでしょうか?

 まずは失敗談からです(笑)。ろう者の手話で育っている子と口話の訓練を受けている難聴の子との溝が大変大きく、障害のある子同士の中でも思い込みがあり、全く関わろうとしませんでした。障害のある子同士関わり合う仕掛けを作るのにすごく悩んでいろんなことをトライしました。
 一番効果があったのは、いっしょにおやつを食べたり、合宿や遠征に行く新幹線でトランプしたりしたことで、やっと打ち解けました。
 舞台では手引きを子ども同士がしなければならないので、子ども同士が工夫できるようにあえて大人は助けず、適度に負荷をかけて、本番に向けたミッションにしています。練習以外の冗談が言える間(ま)や場を意識していますが、まだ足りません。
 練習ばかりでお互いを理解しているようであまり理解できていないのでは?という声があり、最近では保護者の力も借りて、「聴覚障害とは何か?」「手話ソングと手歌の違いは何か?」「なぜ、ろう者は手話ソングをしないのか?」「口話で育った子たちの手話の苦労は何か?」というようなインサイトを保護者や子ども向けに当事者や専門家にレクチャーしてもらい、お互いの特徴や特性を理解できるようにするプチ講座を始めています。

Q:子ども達はどうやってホワイトハンドコーラスに入ってくるのでしょうか?オーディションがありますか?

 やりたい子は誰でも受け入れています。募集期間にチラシをろう学校などで配ったり、口コミ、テレビを見ての問合せ、講演を聞いて保護者が興味をもって来られたり、などです。心の中に子どもがいれば、大人でも問題ありません。

Q:参加者は、どんな人が集まっていますか?

 東京、京都、沖縄全体で6割は障害がある子ども達です。サイン隊では、東京は約7割が聴覚障害者、京都は3~4割、沖縄も同じぐらいです。地域によって特性のバランスが違います。沖縄は知的障害者が多いです。自閉症、難病の方、いろいろな人がいます。

Q:なぜ、東京、京都、沖縄に活動拠点があるのでしょうか?

(東京)2017年には「障害者文化芸術推進法」*3という、公共の劇場がアクセシビリティだけでなく障害者の芸術創造発信をしなければならないという法律を作る動きが活発になっていました。東京芸術劇場は全国の公共劇場2,000の中の基幹となる16劇場のひとつとして手掛けるものを探していて、ホワイトハンドコーラスNIPPONに声がかかりました。
実は2008年から「EL Sistemaフェスティバル」を東京芸術劇場で定期的に開催していたご縁があり、ここを拠点にして2017年からスタートしました。

*3障害者文化芸術推進法 …正式名称は「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」。2018年6月13日に公布・施行された。

(京都)「EL Sistemaフェスティバル」で来日したアーティストの京都でのコンサートに難聴の女の子が観客で来ていました。その子が京都でもホワイトハンドコーラスの活動をしたいと言い出したことに共鳴して、この子を応援しているお寺の和尚さまが場所を提供するから始めてほしいということになりました。この一人の子がいることから始まりました。

(沖縄)沖縄市では「音楽によるまちづくり」に関連した補助事業の公募があり、そこで採択されました。市の職員の方も講演会にも来てくださって、ぜひ、やろうと後押ししていただきました。

きっかけがあれば、これからも活動の場をどんどん増やしていきたいです。

Q:ホワイトハンドコーラスの歌唱・手歌指導で、こだわられていることはありますか? 子ども達は指導にちゃんとついて行っている上に、楽しそうに活動しているようです。

現役のソプラノ歌手、ピアニスト、プロフェッショナルとして舞台に上がっている人が教えています。プロのノウハウを本気で指導していることは、子ども達の気持ちに入っていきます。アーティスト、プロフェッショナルが教えているというところは大事にしたいと思っています。
実は、子どものホワイトハンドコーラスはベネズエラにはありません。最初からろう者に先生として入ってもらうのも日本が初めてです。子ども達と歌を訳していくやり方も試行錯誤しながら日本で生まれたもの、写真とのコラボもベネズエラにはありません。今ではベネズエラのほうから子どものホワイトハンドコーラスを立ち上げたいがどうしたらいい?と相談をもちかけられています。
ベネズエラでは、特別支援教育プログラムが音楽院*4の中にあります。自閉症、ダウン症の子が、パーカッションをやる、ハンドベルでドレミファソの音階を覚えていくとか、自閉症の子は先生がギュッと抱きしめながらゆっくり指を動かしていくとか、本当に手厚い教育があります。音楽の基礎の「き」から教えていって、その最後のレベルにあるのがホワイトハンドコーラスです。そこに参加できる人たちは、音楽も一回聞いたらすぐに歌えるし、ボーカルアンサンブルで5つのパートを同時に歌えるし、とっても高度なことをやっています。ザルツブルク音楽祭に行ったり、LA(ロサンゼルス)フィルといっしょにパリオリンピック関連の文化イベントのオペラに参加したり、プロとして活動している人もいます。

*4音楽院:ベネズエラでは、就学前から通えるプログラムがあり、大学レベルまで高度な音楽教育を行う音楽院が各地にあります。

Q:コンサートのプログラム企画は、プロの大人が作っているのでしょうか? 子ども達の提案もあるのでしょうか?

 子どものアイデアはいつも中心にあります。子どものやりたいことはできるだけ叶えたいのですが、お客様をエンターテインしないといけません。障害のある子ががんばっていると思われたくないのです。それでは、人の意識を変えるところまでのインパクトはありません。障害のある子はこれぐらい、子どもは未熟だからよく頑張ってかわいいね、というのを壊したいという野望があります。
人の「潜在的な悪気のない偏見」を壊すためには、期待を超えなければなりません。障害がある子が舞台に立っているということを忘れさせたいという気持ちがすごくあります。「どの子にが障害がある子か分からなかった」と言ってもらえるのが一番嬉しいコメントです。
音楽そのもの、パフォーマンスそのものを純粋に楽しんでもらえるだけのものを子どもたちと作って届けられた時に、観客のほうも、耳の聞こえない子は音楽ができないと思っていたけれど、あんなに豊かな表情で、あんなに音楽を感じたことは初めてだと思ってもらえます。子どもってこんなに自分の言葉で力強く語ることができるんだという深い感動や共感が生まれたところから、社会が少しずつ変わっていくアクションにつながっていくのでないかと思っています。
本番で目指すクォリティは、子ども自身がここまで、親もこのへんだと思っているところを、まず、そこじゃない、ここだ(もっと高いところにある)と言っています。
 子どもは任せると、期待を塗り替えてきます。あなたがオープニングをやるんだよ、失敗してもいいから、と言って任せると、期待以上のものを返してくれます。その時に周りの大人が、親も見ている人も、ハッとさせられるものがあります。
期待を超えていく経験をした後の子どもは、ものすごく変化していきます。私を障害者の枠にあてはめるな、言いたいことがある、自分の言葉と自分の考えがあるから、それを相手に伝えるということが自信をもってできるようになっていく変化のストーリーが毎回あります。すごく落ち込んで、あまりの緊張でオロオロしていても、本番前にはそれを乗り越える時がやってきます。
 「第九のきせき」の報告会の時、一番小さい6歳の女の子が、少し先輩の10歳の女の子が立派にスピーチしたのを見て、自分もやってみると言い出しました。大丈夫かなと思いつつも任せてみました。すると10歳の先輩が一生懸命に手取り足取り、しっかり準備して、長い原稿を全部暗記して用意してきました。ところが本番で10歳の先輩のほうが記憶から原稿がすっかり飛んでしまいました。大人が助け舟を出すか見守っていたところ、突然、6歳の子が「ブラボー!」と叫び完璧なフォローをしました。その後の6歳の子のスピーチも完璧でした。
「今回はこの子が目覚めた」、「あの子すごかったよね」と、毎回泣きそうになるのをこらえています。心がいくつあっても足りません。

Q:ホワイトハンドコーラスの子ども達は、コミュニティや関係性をどのように作っているでしょうか?

 目の見えない子と耳の聞こえない子が初めて合同練習をする時、最初に肘を持ったらそこにいるよという合図ということだけ決めて、好きな歌の歌詞をお互いに伝え合ってもらいました。
すると、お互いにそれぞれのコミュニケーションのしかたを相手に合わせていきました。子どもにはフレキシビリティがあって、手話ができない子でも身振り手振りを使ったり、話せなかったらおやつで釣って友情の証にして仲良くなったりします。 メンバーに憧れて入団する子がいるのですが、憧れて入ってきた子が憧れの対象になって次の子が入ってくると、自分に憧れている後輩のことがかわいくて、とっても手厚く気にかけています。子ども同士が気にかけ合う時の学びは濃いなと感じます。近い先輩に褒められたほうが大人に褒められるより断然、嬉しいらしく、やる気満々になっていきます。
新しい子が来ても、みんなの受け入れ態勢がとっても寛容で、長く活動している子だけでグループになっているのを見たことがありません。みんなオープンで、小さい子の面倒を中高生が見るなど自然にできています。コミュニティづくりは子どものほうが上手です。

Q:毎月1回、満月の日に開催される、「子どもも大人も、ポッシボ会議」とは?

 ポッシボ会議では、インクルージョンがベースにあって、子どもも大人も1議席で、対等に話し合う場です。子どもも大人も言いたいことを言い合います。オンラインなので地域を超えて、東京、京都、沖縄の子たちが「久しぶり~、こっちは暑いよ」と会話したりして、つながっています。
 始めたのは2年前で、ホワイトハンドコーラスのビジョン・ミッション・バリューを全員で話し合って決めて、次はロゴマークを決めようということになりました。プロボノ(職業上のスキルや経験を生かして取り組む社会貢献活動のこと)の人からデザイン案を出してもらい、子ども達とどれがいいか、なぜこちらのデザインがいいかを話し合って決めました。すると、言葉だけで説明しただけだったものを、目の見えない子のために、ある子がモルタルで立体のロゴマークを作ってきてくれました。子どもはすごいです。

立体のロゴマーク

Q:企業とのコラボを考えていますか?

 企業の方たちと今やろうとしていることは、企業の中のDEI*5を推進することです。「合理的配慮の提供」*6が義務になって、みんな、やらなきゃ、やらなきゃという意識があります。障害のある方、LGBTQ、高齢者、介護で大変な方、育児中の方など、コンディションは一人の人生でもいろいろです。ずっと同じ人が固定のコンディションをずっともっているわけではないので、いろんな人がいてもインクルーシブが実現できるというロールモデルや、ビジョンになるような姿を描けている人が非常に少ないんじゃないかと思っています。
多様性というと、LGBTQの人が一人、外国籍の人が一人いればいいというのではなくて、その人たちの強み―弱さでもあるかもしれませんが―を活かすためには、まず対等であることが必要です。
対等なコミュニケーションをとるために必要な情報保障*7は、ハードウェアがなくてもちょっとしたソフトウェア、ちょっとした声掛けで解決できることなど、子ども達の言動の中にたくさんのヒントを見つけることができます。

*5 DEI …Diversity(ダイバーシティー)・Equity(エクイティー)・Inclusion(インクルージョン)の頭文字を取った言葉で、「DE&I」とも表記される。DEIが指し示すのは、すべての人に公正な機会を与えることで、人々が不当に偏った状況におかれることなく多様な背景を受容できる社会の実現。

*6合理的配慮の提供 …障害のある人から「社会的なバリアを取り除いてほしい」という意思が示された場合には、その実施に伴う負担が過重でない範囲で、バリアを取り除くために必要かつ合理的な対応をすること。2024年4月1日から事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化された。

*7 情報保障 …全ての障害者が、あらゆる分野の活動に参加するためには、情報の十分な取得利用・円滑な意思疎通が極めて重要との考え方に基づき、障害者による情報の取得利用・意思疎通に係る施策を推進すること。(障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律)

Q:日本では足りてない、動きにくい、もっとこうなればいいのにと思うことはありますか?

 今はすごくいい時代、ラッキーだと思っています。
2024年6月4日に京都市議会の議場でパフォーマンスをしました。子どもの出演は初めてです。
横浜公演(前編で紹介)での子どもたちのスピーチ と同様に、障害者の手話「壊れた人」の表現を変えたい、と切実に訴えました。白い手袋で手歌を体験した68人の議員が動いてくださり、極めて異例なことに、2週間ちょっとで全会一致になり、京都市議会から内閣総理大臣、衆参両議院議長、厚生労働大臣、行政担当大臣に宛てた手話言語の表現を見直すという意見書を提出してくださいました。
 今の時代、これができたのは、過去50年、障害者のいる家族の方がずっと戦い続けてきた、多様性と言われてもあぶれて社会に入れなかった人たちが、ずっと諦めずに声を上げ続けてきたという土台があるからです。この土台があるから、一つ声を上げると聞いてくださる人がいる世の中になったと思っています。
 子どもたちが何か言うと反応があって動き出すので、怖さというか責任を感じるとともに、これから一気に変わっていくという希望でいっぱいです。そのためには未来世代の子ども達といっしょに話し合うことがものすごく大事で、過去のものを背負った大人同士が50年先に達成することを、初めから子どもたちと話し合って進めれば30年先、20年先に達成できるんじゃないかと思っています。
 ウィーンに行った時の子どもの感想は、障害者扱いされなかったことでした。日本では障害のある人との関わりが少なく、どう接したらよいかが分からないというところが世界の中でも遅れていると感じます。多くの場合小さい時の教育が分離教育で、大人になってもそのままです。もっと混ぜこぜにして大人も当たり前に障害者と自然に接する機会ができたらいいと思います。
 日本では、誰だれの紹介だから大事なお客様とか、着ている洋服とかで判断して、その人の人格やその人自身に出会う前に、プロファイルをまず並べてレッテルや枠で見ようとします。障害者にかかわらず、みんなしんどいと思っているのではないでしょうか。障害のある人がヨーロッパで障害者扱いされなかったというのは、人としてフランクに会うという、ベースにある人と人との関わり方が違うのではないかと感じます。
 子どもの時から、自分がいい、美しいと思ったものは説明しなくてもそれでいい、自分の感性で気が合うと思えばそれでいい、わざわざ肩書がなくても仲良くなればいい、自分の感性や自分の心に対して素直でいていいと、芸術の力を通して伝えたいです。

Q:これからの展望、この活動をどのように広げていきたいですか?

 ボランティアで続けていくのは持続可能ではなく、ここに関わる人たちが生活できるようにしていかなければならないと考えています。卒業した子どもたちが表現者としてフリーランスとして生きていける日本社会になるよう、フリーランス、表現者としての子どもの育成に関わっていくことが仕事として成り立つようにがんばっていきたいと考えているところです。

中央左側 コロンえりかさん、右側 田頭真理子さん
「I love you」のポーズで記念撮影

プロジェクトメンバーの感想

・えりかさんの、「潜在的な悪気のない偏見を壊すためには、期待を超えなければなりません。」という言葉が胸に刺さりました。私たちは悪気なく偏見を持っています。以前は耳の聞こえない人が音楽を楽しむことを想像できませんでしたが、手歌という形で子どもたちが楽しんでいました。子どもたちは、軽々と想像を超えて、感動と希望を感じさせてくれました。
・SDGsや多様性への関心が広がり、世の中はだんだん良くなっているのだと思います。しかし、もう一歩を踏み出せない人は多いのではないでしょうか。ホワイトハンドコーラスの活動を知って、「すごいな~」「えらいな~」と思って、終わるのではなく、自分に出来ることは何か、考えることが大切です。知らなかったことを知って、意識や考え方を変えるだけでも、小さな一歩になると思いました。
持っている能力を最大限に活かして、そして成長していく子どもたちの未来は明るいと思います。

インクルーシブ・キッズデザイン プロジェクトについて

世の中には様々な心のバリアがあります。言語や文化、ジェンダーや性的指向・性自認、ジェネレーション、障害の有無など小さなものから大きなものまで様々です。
子どもたちが多様性と出会い、理解し、受け入れることを通じ、少しでも「心のバリア」を生まない、もしくは取り除くためには何が必要かを考え広めていくために、会員企業のメンバー有志が集まりました。
様々なギャップを超えてインクルーシブな環境づくりに取り組む団体の活動にフォーカスして、主宰者の思いや実践の積み重ねの中から、インクルーシブな環境づくりへのヒントを探っています。
<参加企業・団体>
株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ、株式会社フレーベル館、株式会社LIXIL住宅研究所、東京大学大学院

キッズデザイン賞マーク