2024.8.6

インクルーシブ・キッズデザイン 体験レポート
「しゃべり描き®UI」(後編)

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キッズデザイン協議会の調査研究事業インクルーシブ・キッズデザインプロジェクトより前編に続いて「しゃべり描き®UI」のレポートをお届けします。前編では、開発当時の様々な思いや工夫を伺いました。後編では、その後どう進化して行ったのか、新たな課題への挑戦のお話などをご紹介します。

前編はこちら

ユーザーヒアリングと実証実験を積み重ねる

私たちは操作体験をしながら、さまざまな場面、さまざまな人々を巻き込んだ「しゃべり描き®UI」のユーザーヒアリングと実証実験の積み重ねによる機能の改良と追加について知ることができました。
学校教育現場とは親和性が高く、例えば、外国にルーツのある子、耳が聞こえない子、聴者がいっしょに話し合いや宿題をする場面や、校外学習で写真を撮って後で思い出しながら記録としてまとめる活動、一般の高校生と特別支援学校の生徒との交流会など、活用できる場面は幅広くありました。さらに、離れたところに住む祖父母と外出中や在宅の家族が話し合って遊びに行く場所を決める場面や、窓口で書類の書き方や場所を説明する場面、外国人労働者とコミュニケーションが必要な製作現場など、家庭や仕事での活用場面も多いです。
活用機会を広げるために、コロナ禍の時にはソーシャルディスタンスに対応できるようにと、対面モードに加え、少し離れた2台の端末間でやりとりできる画面共有機能(近距離通信版)をリリースし、そして、もっと多くの人が画面を共有して離れた場所からのやり取りを可能にするインターネット回線通信を利用した画面共有機能の追加リリースが行われました。
さらに特別支援学校での2年間の委託研究があり、音声認識だけでなくキーボード入力もできるものへと進化していきました。
現在の「しゃべり描き®UI」には、「お絵描き機能」、「画像貼り付け機能」、「多言語翻訳機能」、「対面表示機能」、「通信機能」「画像保存機能」などが標準装備されています。

言語を繰る楽しさ、写真・画像・文字・お絵かきを自由自在に組み合わせる楽しさ

音声認識や多言語翻訳は既存のものが採用され、15か国語の言語に対応できます。翻訳内容が正しいかを知るには、逆方向の翻訳(翻訳後の文章を元の言語に翻訳し直すこと、折り返し翻訳)をしてみると良いそうで、この「しゃべり描き®UI」は、折り返し翻訳も同時に行ってくれます。
例えば、日本語とポルトガル語の会話です。日本語で発話して指でタブレットの画面をなぞると、日本語の下にポルトガル語の翻訳結果が表示され、さらにそのポルトガル語を日本語に翻訳した結果もポルトガル語の下に表示されます。つまり、日本語→ポルトガル語→日本語(例 日:御馳走が大好き→葡:amor trata→日:愛のおやつ)に変換された3行の文章が現れ、2種類の日本語を読み比べることで、正しくポルトガル語に翻訳されているかが確認できます。
そうすると微妙な違いがある翻訳結果になることがあり、思わず笑いを誘います。子どもはこれを見ながら一人遊びを楽しむことができ、翻訳ツールの枠を超えて遊びのツールにもなり得えます。
さらに遊び心をくすぐるのが、写真・画像・文字・お絵かきの組み合わせが自由自在なことです。コミュニケーションを豊かにして理解スピードを上げるだけでなく、海外からの旅行者、お年寄り、聴覚障害者、難聴の人と初対面の時に心理的な距離感を一気に縮めてくれます。
また、地図、図面、書類の画像を使った説明による実用的な活用事例は幅広く、生産現場や建設現場で作業指導を行う時、安全点検の巡視や改善指示を出す時、サイネージで避難誘導する時など、聴者にとっても分かりやすい説明になります。
特別支援学校では、しゃべった結果が画面に出るのが楽しく、コミュニケーションをとるのが苦手な子が積極的に発話するようになったり、先生がしゃべっていることを文字にして出すことで集中力が上がったりという報告や研究結果もあるそうです。まさに、良いこと尽くめです。

向かい風と追い風、そして今後

操作体験後、私たちは一つの疑問をもちました。こんなに汎用性があり楽しいツールが、なぜ広まっていないのでしょう?そこでいくつかの質問を平井さんに投げかけました。

追い風:国内外のデザイン賞受賞
・「CEATEC AWARD 2016」 暮らしと家でつながるイノベーション部門 グランプリ
・「IAUD 国際デザイン賞」 コミュニケーションデザイン部門 銀賞(2016)
・「第 11 回キッズデザイン賞」 TEPIA 特別賞(2017)※しゃべり描き®UI
・「グッドデザイン賞」 グッドデザイン・ベスト 100(2017)
・「UX Design Awards 2019」 nominated(ドイツ)
・「GERMAN DESIGN AWARD 2021」 WINNER(ドイツ)
・「グッドデザイン賞」(2021)
・「IAUD国際デザイン賞」コミュニケーションデザイン部門 大賞(2021)
・「第16回キッズデザイン賞」部門賞(2022)※しゃべり描き®アプリ

ドイツでは翻訳機能が注目されました。ドイツでも英語が話せる人はそれほど多くなく、日本と違って陸続きで国境が接しているため、ドイツ語を話せない人がトラックで入ってくるなどが頻繁にあるそうです。

向い風:アプリを売るノウハウ不足
社内の事業部では完成品を売れば手離れする製品を扱ってきましたが、売った後のメンテナンスとサポートサービスの比重が高いアプリを販売し採算をとるノウハウがありませんでした。社内関係部門の協力を得て、兼松コミュニケーションズ株式会社が「しゃべり描き®アプリ」の商用開発および事業化を行い、2019年6月からiOS®を搭載したスマートフォンやタブレット向けに提供を開始しました。(しゃべり描き®アプリは2023 年3 月末に、しゃべり描き®アプリBiz 版は2023 年9 月末を以て提供を終了)

新たな追い風:時代の変化
2014年,2015年、2016年頃の会社は利益が出ない事業には手を出さないという雰囲気が強くありました。しかし、世の中の意識の変化に伴い、社内で社会貢献ができる技術を求められるようになったことは大きな変化でした。今は、社会貢献のためにと堂々と言えるような会社の雰囲気になり、Design Xでも社会貢献のテーマでエントリーしてくる人が多くなりました。

今後の展望
 「しゃべり描き®アプリ」が第1ステージだとすると今は第2ステージに進んでおり、他のシステムやサービスに「しゃべり描き®UI」機能を組み込むというところに軸足を移して開発を進めています。BtoB向けで事業的に安定させつつ、一般向けには社会貢献のような位置づけで広くあまねくしゃべり描きアプリを使ってもらえるようになるといいなと願っています。

最後に プロジェクトメンバーの感想

・人間臭さと気持ちよさの追求は、「なぞる」というアナログな作法と、文字表現の美しさ、文字と絵を自由自在に組み合わせられる表示法に現れています。これは「しゃべり描き®UI」デザイン開発の根本にある思想です。10年越しで開発を続けてこられたプロジェクトリーダーや参加メンバーのワクワク感が伝わってきました。
今回強く感じたこと、それは、インクルーシブ・デザインに必要なのは、誰もが感じる人間臭さと気持ちよさ、遊び心なのかもしれません。

・「諦めたら終わってしまう」という言葉がとても印象的でした。いくつもの壁を乗り越えて、カタチにしていく過程で、何度も諦めるタイミングがあったそうです。でも、これは社会に必要なモノだという思いや信念が水面に浮上して息を吹き返す機会を作ったのです。世の中を良くしていくものはこうやって生み出されるのだなと、とても納得しました。

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<平井正人さんのプロフィール>
1993年 三菱電機株式会社 入社
プロダクトデザイナーとして、AV機器、プロジェクター、プリンター、デジカメ、ウェルネス機器などの製品開発を担当。
1999年以降、UI/UXデザイナーとして携帯電話、車載情報機器、エレベーター、家電製品などの製品デザインやコンセプトデザインの研究・開発、高齢者介護・外国籍労働者などの社会課題を解決する新規事業開発などを手掛ける。

<インクルーシブ・キッズデザイン プロジェクトについて>
世の中には様々な心のバリアがあります。言語や文化、ジェンダーや性的指向・性自認、ジェネレーション、障害の有無など小さなものから大きなものまで様々です。
子どもたちが多様性と出会い、理解し、受け入れることを通じ、少しでも「心のバリア」を生まない、もしくは取り除くためには何が必要かを考え広めていくために、会員企業のメンバー有志が集まりました。
様々なギャップを超えてインクルーシブな環境づくりに取り組む団体の活動にフォーカスして、主宰者の思いや実践の積み重ねの中から、インクルーシブな環境づくりへのヒントを探っています。

<参加企業・団体>
株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ、株式会社フレーベル館、株式会社LIXIL住宅研究所、東京大学大学院

(取材日:2024年5月27日)

<「障害者」の表記について>
多様な意見のもとにさまざまな表現方法があります。
インクルーシブ・キッズデザインプロジェクトでは、以下の方針に基づいて表記方法を選択しています。
・当研究会の感想や意見について
法令上の表記に加え、社会(モノ、環境、人的環境等)と心身機能の障害があいまって『障害(障壁)』をつくっているという 「社会モデル」の表記が「障害(障壁)」であることから、漢字表記の「障害者」を用います。
・インタビュー内容について
対象の団体・個人の方のご意見を尊重して使用する表記を決定しています。

当研究会では、今後も該当研究テーマを考えていくにあたり、これら表記についても考え続けていきたいと思っています。

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