2022.3.4
【前編】体験型クリエイティブミュージアム「AkeruE」インタビュー~子どもはみんながアーティスト ~
パナソニックセンター東京の2階と3階にある、『ひらめき』をかたちにするミュージアム「AkeruE(アケルエ)」。ひと通り館内をご案内いただいた後、私たちはパナソニック・寺岡さん、ロフトワーク・越本さんのご両名に施設オープンの背景や子どもたちへの想いを伺いました。
今の時代に本当に必要なことを、子どもたちが楽しみながら学べるように
AkeruEはRiSuPia(リスーピア)のリニューアル施設とのことですが、まず、オープンの経緯を教えていただけますか?
(寺岡さん)パナソニックでは、15年前の2006年に前身となるRiSuPiaができました。当時国が掲げていた「理数教育に力を入れる」という方針を受けて、「理数に興味をもって触れられる場所を作ろう」という想いで設立されたんですが、その時から教育も変わってきています。学ぶべきことはもう理数だけじゃないよね、ということで、今の時代を生きる上で本当に必要とされるマインドやスキルを、楽しみながら得られる施設にしようとリニューアルされました。
STEM教育(※1)からSTEAM教育(※2)へ、というのが今回のリニューアルのコンセプトの一つなんでしょうか?
(越本さん)かたく言ってしまえば、それまでのRiSuPiaはSTEMベースだった、それに「Art」の要素を足してSTEAMのAkeruEになったということです。ただ、RiSuPia時代から、ゲーム感覚で楽しく取り組むことができるコンテンツはたくさんあったんです。なので、単なる勉強ではなく「楽しんでいたら身についちゃった」という体験を提供する、そのコンセプトは継承されていると思います。
(寺岡さん)もちろん今でいえばSTEAM教育やSDGs(※3)に即して作られてはいるんですが、その時々で子どもにとって必要なことを伝えていける施設にしていきたいなと考えていますね。
なるほど。他にはどのようなことを意識されていたのでしょうか?
(越本さん)RiSuPiaのベースは出来るだけ引き継ぎながらリニューアルする、というのもコンセプトの一つでした。というのは、空間を大きく解体して建て直すのではなく、いかに残して解体や廃棄量を減らせるかを考えながら、私たち自身がSDGsを体現していこう、という狙いがあったんです。そうやって身をもって実践していくことで、施工会社さんやクリエイターさんはもちろん、教育関係者の方、他企業、はては来館してくれるお客さんたちも含めて「みんなで作っていくミュージアム」にできたらいいなという想いがあります。
AkeruE 受付、CHAOSエリア
(寺岡さん)あとは、社会背景に合わせた設計になっているのも大きいのかなと。コロナが象徴的ですけど、今はまさにVUCA(※4)といわれる時代ですよね。Society5.0(※5)なんてことも言われます。その中で、子どもたちに課題の解決策を見出す力をどうやって身に着けてもらうか。これは文科省でも議論されていることで、そういった現代の社会要請に合わせた人材を育成することは意識しています。その意味では、「物をつくる前に人をつくる」(※6)という創業者の松下幸之助の精神を受け継いでいきたいなと思っています。
知識を押しつけるのではなく、子ども自身が、感じ、考えられる場に
小さなお子さんから大きなお子さんまで幅広く利用される上では、どのようなことに配慮されていますか?
(寺岡さん)展示の多くは自分でも触ってもらえるものになっています。これは、子どもが不思議だなと思うことに対して、ただその仕組みを教えるのではなく、自分で直に体験して、感じて、考えてもらいたいという思いで設計しています。なので、子どもが触れることを意識して、安全な素材を選んだり、自由に触れても問題のない形にしたり、といったことには配慮しています。
子どもに能動的に体験してもらうという展示方針は、”『ひらめき』をカタチにする”というAkeruEの理念にも通ずる部分があるんでしょうか?
(越本さん)そうですね。基本的に、すべての展示作品には「答え」のようなものは書いていないんです。私たち大人だと何かの展示を見たときに「これってどうなってるの?」とすぐに答えを求めてしまうと思うんですけど、子どもってすぐには答えを求めてこないんですよ。じーっと観察して、これは何なのかとか、どういう仕組みなのかとか自分なりに考えようとする。そのプロセスを大切にしたいと思っています。だから館内にいるクルーたちも子どもに答えを示すのではなく、「これって何だと思う?」「どうやって動いているんだろうね?」と、まず問いを投げかけます。教えられるのではなく、大人と一緒に考えるという体験を楽しむことで、その子なりの考えや『ひらめき』が生まれたらいいですよね。
館内の展示物は、クリエイターの作った作品とその原理を示す展示の大きく二つで構成されているんですけど、クリエイターの作品はとにかく「わお!」と感動してもらうことを狙っています。そして、その作品の原理やしくみを展示で見ていくうちに自分なりに理解して、「これだったら自分も同じものが作れるかもしれない」と思ってもらえたら嬉しいですね。そうなると学ぶことが苦にならないと思うんですよ。何かを知っていくことで、自分もマジックのようなアート作品を作れるかもしれない、と思うときがくる。その気づきを与えられるような導線を工夫しています。
(寺岡さん)実際、展示を見ている子どもの発想に驚かされることもありますよ。例えば先ほどのスライム一つとっても(※7)、私たちだったら「どうして液体が浮き上がるの?」ということを考えると思うんですけど、子どもたちは「どうしてこんな音がするの?」みたいに、疑問の持ちどころが斬新だったりするんです。なので、展示内に答えがないことで、子どもの中から自由な問いが生まれてくるのを待つ時間を設計できているのかなと思います。
後半に続きます。
注解:
※1:STEM教育 Science(科学)、Technology(技術)、Enginieering(工学)、Mathematics(数学)の4つの頭文字を組み合わせた教育概念。これらの領域を総合的に学ぶことによって、科学技術の発展に貢献できる人材を育成することを目的とする。
※2:STEAM教育 (前編)※1参照
※3:SDGs 2015年に国連が採択した「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。貧困の根絶、ジェンダーの平等といった17のゴールと、それを達成するための169のターゲットから構成される。
※4:VUCA 将来の予測が困難な現代の社会状況を表す造語。「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Am biguity(曖昧性)」の頭文字からなる。
※5:Social5.0 サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発と社会課題の解決を両立する社会のあり方。狩猟社会(1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)に続く、日本が目指すべき未来の姿として提唱された。
※6:「ものをつくる前に人をつくる」 パナソニック創業者、松下幸之助が言ったとされる言葉。前身の松下電器において、得意先から「何をつくるところか」と聞かれたときに、「松下電器は人をつくるところです。併せて電気器具もつくっております。」と答えるよう社員に指導していたという。
※7:スライム一つとっても AkeruEの「ASTRO(アストロ)」エリアには「COWORO」という、インスタレーション作品が存在する。平べったい水槽の中に、半分くらいの高さまで白いスライム状の液体が満たされており、外にはボタンがついている。ボタンを押すと、スライムの表面がドーム状に盛り上がり、浮かび上がった幾何学的な模様を楽しむことが出来る。作品の傍には、作品で用いられている科学的原理を体験できる展示が存在するが、ここにも直接的な答えは記されていない。