2023.2.21

0〜18歳まで。手話でいきる子どもの「あ〜とん塾」【前編】

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東京都の巣鴨に位置する「あ〜とん塾」では、ろう児(手話を第一言語とするきこえない子)のために、 児童発達支援、放課後等デイサービス、手話で学べる学習支援などを行っています。

今回は、「あ〜とん塾」の管理者・塾長でもある、一般社団法人ありがとうの種代表、
柳 匡裕さんと「あ〜とん塾」保育士の瀧尾 陽太さんに、お話を伺いました。

「耳の聞こえない」ではなく「手話でいきる子ども」と表現されている「あ〜とん塾」。
その想いの背景を伺うと、大人がハッとさせられるだけではなく、多くの子どもたちにも
伝えたいメッセージだと感じています。ぜひ、ご覧ください。

一般社団法人ありがとうの種代表 「あ〜とん塾」の管理者・塾長 柳 匡裕さん(左)
 「あ〜とん塾」の保育士 瀧尾 陽太さん(右)

赤ちゃんから大人になるまで支援をしたい

Q:「あ〜とん塾」の「あ〜とん」にはどのような由来があるのですか?

瀧尾さん:「あ〜とん」の名前の由来は3つあります。
まず、法人の名前が「ありがとうの種」なので、略称を考えた時に組織内では「ありたね」と略していたんです。そのローマ字の頭文字をとって、「ARTN」。そこから「あ〜とん」と呼び始めました。

二つ目の理由としては、「あ〜とん」には「あ」から「ん」まで、つまり、最初から最後まで支援しますという意味が込められています。赤ちゃんの時から少しずつ大きくなり、大きくなって卒業するまで支援するというメッセージが含まれています。

三つ目の理由は、ろうの子どもの世界の中で手話表現が広がってほしいという願いを込めています。表現しづらい手話はなかなか広まらないですが、「あ」の指文字で「〜」のように波線を描くような動きは、子どもたちにとってもキャッチーです。このように手話表現から施設名の候補も絞りました。

「あ~とん」の手話でポーズ
左から柳さん、フレーベル館の滝沢さん(インタビュアー)、瀧尾さん

聞こえるかどうかではなく「手話」という言語を話すかどうか

Q:子どもたちのロールモデルになるために普段の活動の中でどのようなことを意識していますか?

瀧尾さん:社会の中では、「ろう者」と「聴者」と区別があるかもしれないですが「あ〜とん」には「聞こえる」、「聞こえない」という考えはないんです。「手話を話す人(=手話者)」と「手話を話せない人(=非手話者)」という分け方なんです。

大人の「手話者」を、ろうの子どもたちがみて「こういうロールモデルもあるんだ」と理解する。私が手話者の大人として「あ〜とん」で働いているのは、手話者のロールモデルの役目があると思っています。

「あ〜とん塾」には聴者を育てる役目もある

Q:「あ〜とん塾」では、非手話者と関わりをもつ活動も意識的に作られているのでしょうか?

瀧尾さん:活動の中でも、そこは意識していますね。施設に誰かがくると、フラッシュライトで知らせてくれるんですが、それで子どもたちは「誰かがきた」と認知し、ドアに駆け寄っていくんですね。それも聴者とろうの子どもたちをつなげる工夫でもあります。音だけのインターホンだと、誰かがきたことさえもわかりません。

そこで、手話ができない方が宅配便を届けてくれた時は、私は、身振りや筆談でやりとりをします。私は声を出すことはできるので、声で話すことも可能なんです。ただ、それでは、ろうの子どもたちが真似ることはできない。宅配便がきた時に、「手話者」としてできること、例えば筆談などで手話者が対応しているのを子どもたちが見ている、というのが大切なんです。そこで、「手話ができない聴者に対応する時はこうしたらいいんだ」と子どもたちが学びます。こうした、非手話者との関わり方を見せることも、手話者のロールモデルとしての大切な役割だと思っています。

メモでコミュニケーション

他には、この近くには巣鴨の商店街があるのですが、街全体がろう者や手話に慣れているんです。渋谷、新宿などの大都心だと、急に手話で話しかけられても戸惑ってしまう方が多いですよね。でも、巣鴨の人たちは、ろうの子どもや生徒たちや親子が手話で会話している様子を日常的に目にしているんです。

特に、2017年に「あ〜とん」が巣鴨にできて、地域との関係性をつくるなかで、ろうの子どもや手話を自然に受け入れる土壌ができ、地域のコンビニやスーパーにも行きやすくなったなど、ろうの子どもたちにとって住みやすい街になってきたと思います。

と言うのも、巣鴨には、昔からろう学校がありましたが、そこの子どもたちが「手話者」として地域と関わることはあまりないんです。周辺地域の小学校と同じく「寄り道しないで帰りなさい」というルールがあるので、学校の帰り道に商店街で買い物することがないというのもありますし、筆談や手話でコミュニケーションを取るという手話者ならではの関わり方に特化した指導はあまりされていないのです。

「あ〜とん塾」では、ハロウィンに仮装して商店街へお菓子をもらいに行って、手話で「ちょうだい」と会話するなど、地域の人と繋がりをもつことを大切にしています。

子どもたちと地域の公園に行ったりもします。そこにはもちろん聴者もいますが、土に字を書いて名前を教えてくれたり、「ありがとう」など簡単な手話を使ってくれたり、近い距離感で接してくれます。

荒川区とのコラボイベントでは、聞こえる子どもたちとあ〜とんのろうの子どもたちが一緒にゲームをしたり、声を出さず身振り手振りだけで一緒に遊んだりする体験をしています。 そういう意味で「あ〜とん塾」は、地域とろう者を繋ぐ架け橋のような存在だと思っています。

巣鴨商店街をまきこんだ謎解きイベント

後編に続きます

<プロフィール>

■ あ〜とん塾 塾長 柳 匡裕
日本手話を母語とするマイノリティです。いわゆる「ろう者」です。聴者文化をリスペクトしつつ、文化・言語少数者としてマジョリティ中心に回る社会の中でいかにエンパワメントしていくか日々思考しています。

■ あ〜とん塾 保育士 瀧尾 陽太
「子どもの成長が将来の社会に」をモットーに、手話者の保育士として現場主任を務めています。 聴者とろう者が楽しく関わり合えるよう、あそびや伝え方を日々研究しています。

<「障害者」の表記について>

多様な意見のもとにさまざまな表現方法があります。
インクルーシブキッズデザイン研究会では、以下の方針に基づいて表記方法を選択しています。

■ 当研究会の感想や意見について
法令上の表記に加え、社会(モノ、環境、人的環境等)と心身機能の障害があいまって『障害(障壁)』をつくっているという 「社会モデル」の表記が「障害(障壁)」であることから、漢字表記の「障害者」を用います。

■ インタビュー内容について
対象の団体・個人の方のご意見を尊重して使用する表記を決定しています。

当研究会では、今後もテーマを追究しながら、これらの表記についても考え続けたいと思います。

<インクルーシブ・キッズデザイン(ワーキング・グループ)について>

世の中には様々な心のバリアがあります。言語や文化、ジェンダーや性的指向・性自認、ジェネレーション、障害の有無など小さなものから大きなものまで様々です。

子どもたちが多様性と出会い、理解し、受け入れることを通じ、少しでも「心のバリア」を生まない、もしくは取り除くためには何が必要かを考え広めていくために、会員企業のメンバー有志が集まりました。

様々なギャップを超えてインクルーシブな環境づくりに取り組む団体の活動にフォーカスして、主宰者の思いや実践の積み重ねの中から、インクルーシブな環境づくりへのヒントを探っています。

■ 参加企業・団体
コクヨ株式会社、株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ、株式会社フレーベル館、株式会社LIXIL住宅研究所、東京大学大学院

キッズデザイン賞マーク
文章:池尻 浩子