2023.2.28
0〜18歳まで。手話でいきる子どもの「あ〜とん塾」【後編】
「自分ができなくて相手ができること」に目を向ける
Q:スタッフの目からみて「手話ができない子どもたち」に対して伝えたいことは 何かありますか?
瀧尾さん:人間は、誰しもできることとできないことがあると思うんですよね。
例えば、聴者は電話もできますよね、でも、ろう者の中には電話ができない人もいます。あ〜とん塾の
ろうの子どもたちも手話はできるけど、電話はできません。
聴者は、「自分にはできるけど、相手にはできないこと」を考える機会が多いと思うんです。
車椅子の人を見たら、「歩けないんだな、助けよう」というように。
逆に、「相手のできることに目を向ける」ことが難しい。ですが相手にも「できること」と「できないこと」の両方がありますよね。同じく自分にもそれがあることに気づくことが大切です。
聴者の場合、「自分は手話ができない、でも相手は手話ができる、それがすごいですね」という見方をする人はなかなかいません。障害者を見て、「この人はできないことが多い」という視点になりますよね。
でも実際は、自分が持っていないこと(できないこと)を、相手はたくさん持っている(できること)、ということがたくさんあります。これを聴者の子どもたちに伝えたいですね。
例えば、手話のゲームの中でろうの子どもたちに頼ったり、手話を教えてもらうという体験をして、聴者のみんなに「自分ができないことを、この子たちはできるんだ」と実感してもらう。
そういう、ろう者や手話の魅力を伝える、気づかせる活動をすることが「あ〜とん」の役目だと思っています。
乳幼児×小学部交流会
柳さん:もう一つ伝えていきたいメッセージとして、「第三者返答」というものがあります。
本人に質問すればいいことを、近くにいる別の人に質疑応答してしまうことです。
例えば、子どもが具合悪い時に、病院に行って子どもの症状を両親に質問することってありますよね。
大人に聞いた方が間違いなく伝わることもありますし、質問する側としては優しい気持ちでやっていても、
結果的に本人を傷つけてしまうことがあります。
これは、ろう者も同じなんです。道を聞かれた時に、「この人耳が聞こえないんだ」とわかると、隣の聴者に
聞き直されてしまうことがあります。それはそこにいるろう者が存在しないこと(自分自身の存在がなくなる
ような気持ち)になってしまうと思っています。
なので、「あ〜とん」では商店街でも、お店の人がろう者の子どもに話しかけられてこまっていても、通訳等の手助けはせず、子どもと直接話をしてもらうようにしています。
子ども同士のコミュニケーションも同じです。
聴者の子どもがろう者の子どもに、音声で何か伝えた時、大人がろう者の子どもに通訳をすることもできますが、子どもたち同士で直接話をさせることを意識しています。本当にできない時には手助けをしていますが、本人たちが「どうすれば伝わるかお互いに考える」という経験が大切だと思っています。
夏休みの飲食デリバリー体験
ろう者と聴者「分けることのない社会」へ
Q:「あ〜とん塾」の子どもたちが将来、出ていく社会に対して「こうなっていたらいいな」というのはありますか?
瀧尾さん:以前、マーサズ・ヴィンヤード島という、遺伝の関係でろう者の割合が高い島がアメリカにあると聞いたことがあります。そこではろう者や聴者という概念もなく、皆が手話で会話をしていて、耳が聞こえない人も住みやすい島だと聞きました。「ろう」ということを気にしないで住むことができて、そこに存在していられることが自然な世界。
「あ〜とん」も同じなんです。ろう者と聴者を分けることのない世界。将来、子ども達が、そういうことを気にしない世界になっていてくれたらいいなと思います。
「ありがとう」と言われる経験を積み重ねてほしい
Q:「あ〜とん塾」に通っている子どもたちには、どのような大人になってほしいですか?
柳さん:今まで、ろうの子どもたちはマイナスからのスタートと感じている子が多かったんです。「周りから遅れている」と感じている。そうすると、自尊感情や自己肯定感が育たず、指示待ちになりやすいんです。
私は幼少期、喧嘩の仕方も知りませんでした。友達を押したりすることはありましたが、そこまでです。子ども同士のコミュニケーションの中で身につける見えないルールもよく分からないまま大きくなりました。「対立した時にどう話をしたらいいのか?」それを体験する機会も乏しく、スキルに変えていくことも遅かったです。
なので、子ども達には、ろうとして「自分らしく生きる」ことを考えさせていきたい。個人的な話になりますが、私はお店や施設など、どこでも手話で話しかけます。ほぼ全員、ビックリというか当惑されますけれども。
以前は、私も「どう説明すればいいのかな?」「筆談した方がいいのかな?」と自分をマイナススタートに置いていましたが、大人になって色々な活動を通して変わることができました。
おかげさまで「あ〜とん塾」の子どもたちを見ていると、私の幼少期と比べて自分で情報を集め、考えて、
判断して、行動できる子になっています。いい意味で生意気(笑)というか、自分の考えをしっかり説明
できます。そうやって、ろう者が自分らしく生活ができるようになってほしいと思っています。
商店街で聴者とコミュニケーションを取りながら、街中のハロウィン飾りを探すミッション!
瀧尾さん:柳さんの話の中で、「マイナスからのスタート」という話がありましたがこれは「助けてください」ということが前提なんですよね。ろう者や障害者 は、周りに「ありがとう」と伝えることは多いですが、逆に「ありがとう」と言われることはあまりないんです。これが、「マイナスからのスタート」という意味だと思っています。
「あ〜とん」の子どもたちには自己肯定感を持ってほしい。そのためには、助けてもらう体験ばかりではなく
「ありがとう」と言われる経験をしてもらうことが大切だと思っています。
施設の中に「ありがとうポスト」というものを設置しているんですけどね。例えば、ペットボトルの水をこぼした時に、「掃除をしてくれてありがとう」というメッセージを友達に書いて、ポストに入れることをしています。
そうやって「ありがとう」と周りから言われる経験を積み重ねていくことが必要だと思っています。
「ありがとう」の気持ちを伝えるポスト
聴者に「お願い」するだけでなく、自分から手話の勉強を知らない人に教えるなどの体験を地域や大学等で重ねていますが、そうやって自信を持って自分のことを伝えられる大人になってほしいと思っています。
前編はこちらです
<プロフィール>
■ あ〜とん塾 塾長 柳 匡裕
日本手話を母語とするマイノリティです。いわゆる「ろう者」です。聴者文化をリスペクトしつつ、文化・言語少数者としてマジョリティ中心に回る社会の中でいかにエンパワメントしていくか日々思考しています。
■ あ〜とん塾 保育士 瀧尾 陽太
「子どもの成長が将来の社会に」をモットーに、手話者の保育士として現場主任を務めています。
聴者とろう者が楽しく関わり合えるよう、あそびや伝え方を日々研究しています。
<「障害者」の表記について>
多様な意見のもとにさまざまな表現方法があります。
インクルーシブキッズデザイン研究会では、以下の方針に基づいて表記方法を選択しています。
■ 当研究会の感想や意見について
法令上の表記に加え、社会(モノ、環境、人的環境等)と心身機能の障害があいまって『障害(障壁)』をつくっているという
「社会モデル」の表記が「障害(障壁)」であることから、漢字表記の「障害者」を用います。
■ インタビュー内容について
対象の団体・個人の方のご意見を尊重して使用する表記を決定しています。
当研究会では、今後も該当研究テーマを考えていくにあたり、これら表記についても考え続けていきたいと思っています。
<インクルーシブ・キッズデザイン(ワーキング・グループ)について>
世の中には様々な心のバリアがあります。言語や文化、ジェンダーや性的指向・性自認、ジェネレーション、障害の有無など小さなものから大きなものまで様々です。
子どもたちが多様性と出会い、理解し、受け入れることを通じ、少しでも「心のバリア」を生まない、もしくは取り除くためには何が必要かを考え広めていくために、会員企業のメンバー有志が集まりました。
様々なギャップを超えてインクルーシブな環境づくりに取り組む団体の活動にフォーカスして、主宰者の思いや実践の積み重ねの中から、インクルーシブな環境づくりへのヒントを探っています。
■ 参加企業・団体
コクヨ株式会社、株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ、株式会社フレーベル館、株式会社LIXIL住宅研究所、東京大学大学院
編集後記:人と人は色々な人がいて、それは「優劣ではなく、違いであること」。
人と人が向き合うことにおいて、私は小学生の子どもたちを育てる母としても、大切なメッセージをたくさんいただきました。特に「『自分ができないこと』と『相手ができること』に目を向ける」がとても響きました。相手の立場に立つだけなく、もっと深く知ろうとする気持ちをもって日々過ごしたいなと感じる、自分でも何度も読み返したくなるお話でした。