2023.3.7

インクルーシブな幼稚園はどのようにつくられたか? ―柿の実幼稚園の実践から― (前編)

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キッズデザイン協議会の調査研究事業インクルーシブ・キッズデザインの活動で、インクルーシブな幼稚園の運営をされている学校法人柿の実学園 柿の実幼稚園 小島澄人園長にお話を伺いました。多様な障害を抱えた園児を断ることなく受け入れ続けて来られており、健常児とともに一緒に過ごす環境をどのようにつくっていったのかについて2回にわたってレポートします。

左)小島澄人園長、  右)キッズデザイン協議会 インクルーシブキッズデザイン 山﨑さん
※取材訪問時、柿の実幼稚園にて

柿の実幼稚園とは

1962年開園。現在、敷地面積4万坪、園児数900名(うち支援が必要な子ども300名)、先生数170名と、大規模な幼稚園。どんな幼児も受け入れてくれることが口コミで拡まり、今まで通算3,000人程の障がい児を受け入れています。障がいの種類は、肢体不自由、全盲、自閉症、ダウン症、日常的に吸引・胃ろう・導尿が必要な医療的ケア児など様々で、中には引っ越しをしてまで通われる方もいます。場所は、小田急線の柿生駅からタクシーで10分ほどの川崎市麻生区の住宅街の一角にあります。人の幸せを実現する教育を続けていることが評価され、2018年には「『日本でいちばん大切にしたい会社』大賞」の厚生労働大臣賞を受賞されています。

※柿の実幼稚園のホームページや小島園長の表現に倣い、「障がい児」「障がいを抱える子ども」に加えて、「支援が必要な子ども」という呼び方も併用しています。


まず受け入れること、そこから必要なものは見えてくる

(小島)「今から40年ぐらい前に、男の子がお母さんに連れられて、『この子を幼稚園に入れてほしい。上の子が通っている幼稚園に断られてしまいました』と言われました。その子はサリドマイド児でした。『分かりました。受け入れましょう』と答えたのが障がい児の受け入れを始めたきっかけです。そこからいろいろなお子さんを受け入れて、かれこれ3,000人ぐらいになります」

山の中にある柿の実幼稚園は、多様な子どもを受け入れて以降、バリアフリーと間逆な環境の中で最低限のバリアフリー対策をしつつも、コストに限界もあるため、職員が抱きかかえて移動をするなど協力し合いながら運営をされています。医療行為についても、対応できるスタッフがいるから受け入れるのではなく、受け入れると決めてから必要な対応を考え、必要な人材(看護師など)を集めていったそうです。

インクルーシブ教育に必要な要素について教えてください

(小島)「インクルーシブ教育にはたくさんの人の手が必要です。基本は『あったかい手でありなさい。同僚にも子どもにも、保護者にもあったかい人であろう』です。『あったかい手』とは、してあげたものは返ってこなくても、すぐ忘れる。してもらったものはいつまでも覚えている、ということです。そういう気持ちであれば、この子たちと関われると先生方には言っています」

(小島)「うちには、『てくむの会』と 『て・くんで歩む会』という保護者の会員組織があります。 『てくむの会』―『てくむ』はラテン語で『あなたとともに』(英語ではwith you)という意味-では、支援が必要な園児の親がOB含め集まって、情報交換や就職の相談、世話などをしています。
『て・くんで歩む会』は、支援を必要とする子どもの親を支える会です。今では300人ぐらいの会員数になり、趣旨に賛同した人が赤いリボンをつけて、子どもから目を離せない親の手助けをしています。このように、先生方を始めとして、多様な支援グループが周囲にあり、地域の方々とつながっていることで園の活動が成り立っていると感じます」

子どもたちに、どんな大人になってほしいですか?

(小島)「『柿の実幼稚園に行くといろんな子がいるでしょ。レベルが落ちちゃうよね』という言葉を耳にした職員に対して、『いや、それはレベルが落ちるのではなくて、それを受け入れて初めて本物のレベルになるから、気にしなくていいよ』と言いました。本当に心が広いというのは、そういう子まで受け入れて、そこで本物の良さが出てくるのではないかな、その子にも。車いすを動かせないで困っている、そこを通り過ぎて行く子どももいるけど、うちの園児は、あっと気付いて押してあげる、いくら知的に優れていても、いい学歴の学校に行っても、そういうことができない人間は、果たして素晴らしいかなと私は思います」

園長先生のお話を伺い、本当の心の広さとは、分け隔てなくすべての人を受けいれること。そうした広い心が育まれてこそ、本物の優しさをもった人(=本物レベル)になれるという本質を考えさせられました。

最後に

「インクルーシブな環境をつくろう」というと、何か特別な設備をつくらなければ…と思いがちですが、それはすなわち、普通の人(こども)と特別な人(こども)との間に壁ありきの論理になる危うさがあります。その点、分け隔てなく受け入れてから、必要にあわせて対処する柿の実のスタイルは、とても自然な形に見えます。インクルーシブな意識と行動があれば、インクルーシブな人が育つ場が生まれる、好事例だと感じました。

次回は、困難さや課題についての具体的な事例、インクルーシブな環境だからこそ得られる喜び、未来についてご報告させていただきます。

〈取材協力〉
小島澄人さん
こじま・すみと―1954年(昭和29年)長崎県五島列島に生まれる。クリスチャンの家で育ち、神学校で学びながら慶應義塾大学哲学科を卒業。高校教師を経て、1981年に義父が運営していた柿の実幼稚園の職員となる。
1984年より同園園長。4万坪の敷地を自ら開墾し、遊び場とするなど、理想とする幼児教育の実現を目指している。

<「障害者」の表記について>
多様な意見のもとにさまざまな表現方法があります。
インクルーシブキッズデザイン研究会では、以下の方針に基づいて表記方法を選択しています。

■ 当研究会の感想や意見について
法令上の表記に加え、社会(モノ、環境、人的環境等)と心身機能の障害があいまって『障害(障壁)』をつくっているという 「社会モデル」の表記が「障害(障壁)」であることから、漢字表記の「障害者」を用います。

■ インタビュー内容について
対象の団体・個人の方のご意見を尊重して使用する表記を決定しています。

当研究会では、今後もテーマを追究しながら、これらの表記についても考え続けたいと思います。

<インクルーシブ・キッズデザイン(ワーキング・グループ)について>

世の中には様々な心のバリアがあります。言語や文化、ジェンダーや性的指向・性自認、ジェネレーション、障害の有無など小さなものから大きなものまで様々です。
子どもたちが多様性と出会い、理解し、受け入れることを通じ、少しでも「心のバリア」を生まない、もしくは取り除くためには何が必要かを考え広めていくために、会員企業のメンバー有志が集まりました。
様々なギャップを超えてインクルーシブな環境づくりに取り組む団体の活動にフォーカスして、主宰者の思いや実践の積み重ねの中から、インクルーシブな環境づくりへのヒントを探っています。

■ 参加企業・団体
コクヨ株式会社、株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ、株式会社フレーベル館、株式会社LIXIL住宅研究所、東京大学大学院

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