2023.10.5

「これからのアウトリーチを考える」〜ダンスカンパニー”んまつ〜ポス”研修プログラム〜レポート【前編】

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『価値観をゆさぶる シン・身体表現ワークショップの手法〜これからのアウトリーチを考える〜』が、2023年8月4日(金)に東京都豊島区にある芸術文化施設「あうるすぽっと」で開催されました。

2017年以降、5年連続、計6つのキッズデザイン賞の受賞歴のある豊福さん率いる、んまつーポスのワークショップの事例を通じ、”身体表現”を用いてこころとからだに新しい刺激や気づきを与えるワークショップについて学ぶ体験型イベント。

イベントには、教員、保育士、NPO法人を運営している方、音大生、アーティストなど、アートや教育、アウトリーチに興味がある様々な職種の方が参加されました。

※んまつーポスキッズデザイン賞受賞の詳細はこちらから:https://kidsdesignmagazine.jp/column/030
今回のイベントに、ライターの池尻も参加させていただきました。その当日のレポートをお送りします。

▲左:んまつーポス豊福さん 右:高橋るみ子先生

子どもとアートの架け橋に

イベントは、文化庁 文化芸術創造拠点形成事業でもある「こどもとアートの架け橋プロジェクト」を実施している、公益財団法人としま未来文化財団が主催。
その公益財団法人としま未来文化財団さんが運営する「あうるすぽっと」の研修プログラムとして、んまつーポスが講師として招待されました。

プログラムは2部制。 第1部は、んまつーポスの教材開発者、宮崎大学研究・産学地域連携推進機構客員教授でもある、高橋るみ子先生による講演。

第2部は、んまつーポスが日頃、開催しているワークショップをもとに、実際に体験しながら気づきを得る実践型のプログラムが行われました。

1部:アートでからだ育て

1部は、高橋るみ子先生による講演「アートで”からだ育て”」。 20代の時から大事に着てらっしゃるという真っ白なワンピースに身を包み、周りを全て包み込むような表情豊かな笑顔には、一瞬で虜になってしまいました。

そんなるみ子先生の「アートで”からだ育て”」のベースとなっているのが、今から 52年前、お茶の水女子大学「文教育学部教育学科」の「表現体育」という珍しい専攻名に惹かれて受験し、入学して学んできたこと。

大学生の時にヤマハのエレクトーンのグレード試験に挑戦した際、審査員から「ひいている背中が、それは楽しそうだった。銀座のショールームでエレクトーン引きませんか?」と提案いただいたことが、身体の教養として表現体育を追究するきっかけになったとお話くださいました。

アウトリーチとは

まず今回のタイトルにもなっているアウトリーチ。

アウトリーチとはWikipediaで調べると
「働きかけることや、援助すること。手を伸ばすという言語から派生した言葉で、福祉の分野では、訪問支援などと訳される。援助者の行動アウトリーチ活動」と表現されているそうです。そして、目的は下記の2つ。

そして、るみ子先生の思うアウトリーチについて語って下さいました。

「これは、検証可能な出典記事がありませんと書いてあったWikipediaの言葉なのですが ”マイノリティの人々が自らの存在を周知させるための活動”とありました。私がずっとやってきた創作ダンスは「これだ」と思いました。
あまり重要ではないとされてきた創作ダンスの重要性を周知させる活動。
これを私と、んまつーポスはずっとやってきたのでしょう」(るみ子先生)

そんな活動をされてきた、るみ子先生の背景に今回は迫っていきます。

ダンスが人と社会にできること

高橋るみ子先生は、今でも多くの高校生が使用している保健体育の副教材の執筆を担当されました。
当時、るみ子先生は、52歳。高校生だけでなく、バリバリのスポーツマンでもある保健体育科教員に マイノリティーな「創作ダンス」の特性をどのように周知できるかと、ダンス(創作ダンス)が、人と社会に何が伝えられるだろう?と考え、書き出していったそうです。
そして、今、71歳になったるみ子先生は、こう伝えたいと言います。
「思考力や体力、創造性に協調性。 子どもも大人も、創作ダンスから得られるものはたくさんあります。 時には、めいっぱい創作ダンスしましょう。」(るみ子先生)

その価値を伝えるべく、今も活動を続けていらっしゃいます。

ダンスは体育か芸術か

話は学校指導要領のことに移ります。

「創作ダンス」を扱うのは「体育」です。皆さんは、体育と言えば「何か競技スポーツや競技をやる」とイメージされませんか?
学習指導要領には、体育は「体と心を育む教科」と明記されています。
ただ、「健康で有能な身体の育成」などと言われるとどこか堅苦しく、体育嫌いになってしまう子が出てきてしまいます。
逆に、体育のことを「生活を豊かにするためのもの」「楽しく明るい生活のためにやるもの」「レクレーションだよ」と子どもたちに話せたら、体育嫌いの子ども達は半分ぐらいに防げたのではないかなと思います」(るみ子先生)

実はダンスは、中・高等学校では女子だけが必修の時もありしましたが、小学校では、戦後から「現在」まで領域名称はと変われど、ずっと必修だったそうです。
2012年に「中学1・2年生は、男女共に武道もダンスも必修」となり、マスコミに取り上げられたので、私もそのニュースは記憶に残っています。
ただ、初等教育の学生や小学校現職教員からの聞き取り調査には、「私、ダンスは学んだことがありません。私はダンスが苦手なんです」「表現運動を教えたことがありません」と多くの回答があったそうです。
そんな現状に対して疑問を投げかけます。
「小学校現職教員が、「私は分数を学んだことがありません。私は分数の計算は苦手です。だから私は分数を教えたことがありません」なんてことにはならないですよね。

小学校では、ダンス(表現運動)はずっと必修だったのに、ダンスではそんな状況が起こっている。

何故かというと、先生たちが子どもの頃、ダンスを授業で経験したことがないからです。だから、自分のクラスの子どもたちにダンスを教えない。そして、その子どもたちからまたダンスを経験したことない先生が生まれて、ダンスをやったことがないから教えないという循環になっています。これをどこかで断ち切りたいと思いました」(るみ子先生)

私たちだからこそできるアウトリーチとは

もう一つ、教育現場で感じた違和感のエピソードをお話くださいました。

るみ子先生は、宮崎大学の教員養成部で授業を担当していましたが、1990年からはゼロ免課程で、「子どもと遊び」や「身体表現」という豊かな生活や身体の教養に関わる講義を担当していたそうです。そこでの経験の話です。
「同じ大学生でも、遊びとして表現を楽しんだり、身体の教養として表現方法を学んだりしている学生たちと、”学校の先生になるから教えなきゃいけない”と思って学んでいる学生たちの受け取り方が全然違っていました。
身体の教養として受けている大学生たちは、すごく楽しそうで、「ダンサーになったつもりでやります」とか「こうした方がいい」とか、皆が遊び感覚でやっていた。
この感覚を先生になる人たちにも味わってほしいなと思いました」(るみ子先生)

今、小学校はクラス担任制です。体育では、年齢、性別、得意不得意も関係なく、表現運動、体づくり運動、陸上運動とボール運動、水泳と保健も1人の先生で指導し、各領域の内容も多岐に渡ります。
それに加え、保護者の要求の増加や、職場内人間関係の問題など。正規採用された新人教諭がメンタル面を理由に1年以内に辞めるケースが多い状況。
そんな背景から、「予防的な支援や簡易的な援助」が必要だと感じるようになったそうです。

「これからのアウトリーチは、まずは先生たちを元気にさせたり、先生たちが子どもたちと一緒に頑張ろうと思えるようなったり、活気のある授業を先生も一緒に作り先生の成功体験を作ったり、そんな経験から先生たちのメンタル面を援助することをしていきたい」(るみ子先生)

アウトリーチのモデル

実際、アウトリーチの形のモデルの一つになる事例をお話くださいました。

「文化庁の事業に芸術家の派遣事業というのがあります。
文化庁がお金を出してくれて、学校が来てほしいですと言うと芸術家を派遣してくれるのです。んまつーポスも年間に10〜15校ぐらいで県内外の学校に行っています。
その際、先生たちは、文化庁へ提出する膨大な申請資料が必要になります。 その申請資料の作成サポートを、いわきアリオス芸術文化交流館にしていただいています。
学校の先生方からは「子どもたちにとって、これはとてもいい事業だとわかっているけど、書類作成や文化庁とのやりとりが本当に大変だった。サポートに入ってくれて本当に助かりました」とお声が届いています」(るみ子先生)

価値観をゆさぶるアウトリーチ

さらに、子どもとアートを繋ぐアウトリーチの事例も紹介されました。

〜実施例①カラダが喜ぶ美術館〜

「これは、キッズデザイン賞でも受賞した、2016年に金沢21世紀美術館で取り組んだワークショップ”未来のオリンピアン集まれ”という企画です。
身体を伸び伸びと動かして、元気に輝くオリンピアたちが美術館に展示される(遊んでいるのを美術館に来た人がたまたま見て、これが展示物かなと勘違いしてくれる)というワークショップでした。この反響を経て次年度以降は、教育に力を入れている他の美術館も関心を示してくれるようになりました」 (るみ子先生)

〜実施例②ゲームと程よい距離を保つ子どもの育成に資するために〜

2.5次元化したごっこ遊びをデザインしたもの。「防止する」というところに焦点を当てた子どものゲーム依存やゲーム障害を防ぐゲームごっこ遊びの事例だそうです。
「ゲーム時代に生まれた子どもたちに”やめろ”というよりは、ほどよい距離の取り方を教える方が絶対にいいよねと話しました。

ゲームもするけど、外遊びもする、どっちの楽しさも知っている。「今はどっちがいい?」と選べる状態。ゲーム依存になる前に、そういう距離の取り方を教えていくことが大切だと思うんです」(豊福さん)

ゲームをやめなさいではなく、学校の体育の中でも「ゲームで面白いダンス作ろう」とか、「ゲームを題材にした絵を描こう、作文を書こう」など、ゲームの中の面白いことを取り出しながら、アートに関わることで防止できるのではないかという事例でした。

後半につづきます。

キッズデザイン賞マーク
文章:池尻 浩子